わかりやすい競技に

2013年02月16日(土) 12:00

 レスリングが五輪種目から除外されそうな危機に直面している。そんななか、「競馬をオリンピック種目にしてほしい」などと、ずいぶん呑気なことを言っているように思われるかもしれないが、しかし、である。テコンドーや近代五種など、歴史も底辺人口もファン層もレスリングに劣っているように見える種目が除外対象とならなかったのは、ロビー活動のみならず、見た目にわかりやすくするルール変更など、競技そのものへのテコ入れがあったからこそだろう。柔道だって新ルールが導入されている今、レスリングが、見た目のわかりやすさに寄与する部分に手をつけないままであれば、野球・ソフトボールに2020年の枠を譲ることになるのではないか。

 見た目のわかりやすさは、結果としてエンタテインメント性を高めることになるかもしれないが、面白くすることを最優先にすべきだとは私も思っていない。ただ、審判によって判断が分かれるところが大きすぎるなど、不合理で、オリンピックだからと初めてテレビで見るような人にとってわかりにくい部分は改めるべきだろう。

 シンプルで、わかりやすく、合理的にしなければならない。

 このコラムを読んでくれている人は、「あれ、どこかで聞いたな」と思われたはず。

 そう、今年からJRAがとり入れた(NARでは4月から)裁決基準の新ルールも「シンプルで、わかりやすく、合理的」なものにすべく導入されたものである。

 先週出演したラジオ番組でも「現場を取材している立場から、新ルールについてどう思うか」とリスナーから質問があり、「ルールそのものはいいと思う。アメリカJCCのときはその運用が、不慣れもあって上手くいかなかっただけ」と答えた。

 わかりやすさという点では、旧ルールと変わらないか、なじみがないだけかえってわかりにくいと感じている方も多いだろう。

 それは、私たち伝える側にも問題があったかもしれないと反省している。

 これまでは、「旧ルールでは、その走行妨害が被害馬の競走能力発揮に重大な影響を与えたと裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着となっていた。新ルールでは、その走行妨害がなければ加害馬が被害馬に先着していたと裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着となる」といったように、JRAの裁決委員や審判部の職員といったプロがルールを運用するために使う表現をそのまま引用していた。

 あえて乱暴な表現をするので、最初にお断りしておく。

 走行妨害云々というのは、そもそも「走行妨害」の定義自体が、よく使われている「進路妨害」に相当する斜行のほかに横圧、斜飛などがあって結構難しく、難しい言葉を使うという時点ですでに「わかりやすさ」から乖離していると言える。

 私はこれから、あまり競馬に詳しくない人には新ルールをこう説明しようと思う。

「その反則が、勝負の結果を大きく左右したと判定されたら順位が下がる。勝ち負けには影響なかったと判定されたらそのまま」

「そうなると審判によって判定が変わったりするのでは?」と訊かれたら、

「その可能性はあるが、野球のストライク、ボールやサッカーのファールのように即座に判定しなければならないわけじゃなく、数人で、前例を参考にしながら時間をかけて協議するからブレは小さくなるはず」

 と答えようと思う。そう話す私が嘘つきにならないよう、公正で、ブレの少ない裁決を望みたい。

 と、ここまで書いて、最初に書こうと思っていたことにまったく触れていないことに気づいた。

 オリンピック種目から除外されないよう、という消極的観点からのみならず、さらにファンの間口をひろげようという積極的観点から、馬術に競馬的要素をとり入れてはどうか、と、今後ことあるごとに書いたりしゃべったりしていきたい。馬術のメダル獲得数を見ると、ドイツ、スウェーデン、フランスなどヨーロッパが多いので、現在のIOCのメンバー構成からして除外候補になる心配はないのかもしれないが、そういう問題ではないと思う。

 見た目でとてもわかりやすい、陸上の徒競走と同じ、馬の速さを競う種目。誰が馬を提供するのか、費用はどうするのか、といった具体的問題は、種目化が俎上にのぼせられてから考えればいい。馬術界と競馬界との共有財産が増えることは、互いにとって間違いなくプラスになるはずだ(と、「日本馬術界の英雄」と呼ばれ、多くの騎手、調教師を育てた函館大経の足跡を調べながら、つくづく思った)。

 前置きが長く、結果として話全体が長くなり、しかも、前に言ったのと同じことを繰り返すという典型的なオヤジトークをしてしまった。ご静聴、多謝。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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