世界中の競馬ファンが集うグランドナショナルの楽しみ方

2013年04月03日(水) 12:00

 世界で最も有名な障害戦グランドナショナル(芝36F、障害数30)が、今週土曜日に英国リヴァプール近郊のエイントリー競馬場で行われる。3月13日付けの当コラムで、3月15日にチェルトナム競馬場で行われたチェルトナムゴールドC(芝26F110y、障害数22)の展望をお届けした際、このレースを「スティープルチェイス界の最高峰」とご紹介したが、グランドナショナルという障害戦の持つ意味合いをここで改めて明確にしておきたい。

 一般的に言って、概ね16F(=約3219m)から26F110y(=約5331m)の間に設定されているのが、欧州で行われている障害戦の距離である。すなわち、36F(=約7242m)で争われるグランドナショナルは、障害戦の中でも突出して距離が長いのだ。コース上には16の障害が設定されており、このうち14は2度飛越するから、完走する馬は30の障害数を飛越することになる。距離が長いゆえ当然ともいえるが、グランドナショナルは障害の数も他の競走に比べると突出して多いのだ。

 そして、多いだけでなく障害の難易度も高いのがグランドナショナルだ。中でも最大の難関と言われているのが、1839年の第4回競走で障害飛越の名手と言われたマーティン・ビーチャー大佐が、ここで落馬をしたことから「ビーチャーズブルック」と呼ばれている第6号障害だ。飛越面に比べて着地面の方が2フィート(約61cm)低くなっているという恐ろしい代物で、飛越して着地しようとしたら、あるべきレベルに地面がないという、まるで落とし穴のような形状をした障害である。

 この他、飛越直後にコースが直角に左に曲がっている第8障害のキャナルターンや、飛越する障害の手前に長さ6フィート(約183cm)の空壕がある第15号障害のザチェア、飛越した向こう側に長さ9フィート7インチ(約297cm)の水壕がある第16号障害のザウォータージャンプなどが、良く知られた障害である。かつて、5フィート6インチ(約168cm)というとんでもない高さを誇った第7号障害のフォイネイヴォンこそ、危険すぎるという理由で現在は高さ4フィート6インチ(約137cm)に改めているが、それでも、グランドナショナルのコース上には出走馬と騎乗者を怯ませる難関が目白押しなのだ。

 かつて1929年には66頭も出走した年もあったが、現在は40頭を最大出走頭数として開催されているこのレース。これだけの難コースゆえ、優勝はおろか完走するのすら困難と言われており、1928年には完走馬2頭という記録も残されている。

 グランドナショナルが、いかに特異な条件のもとで行われている競走であることが、おわかりいただけると思う。しかも、グランドナショナルはハンデ戦である。すなわちグランドナショナルとは、関係者がこぞって目標とする「チャンピオン決定戦」では決してないのだ。

 だからこそ、グランドナショナルという競走は、格付けがG3なのである。その一方で、英国で開催される競馬で最も馬券が売れるのは、グランドナショナルだ。英国でスポーツ番組の年間視聴率ベスト10を作成すると、オリンピックなど特殊な事情があった年を除いて、年間1位は概ね「グランドナショナル生中継」だ。そして、毎年かならずトップ5に入ってくるのが、同じ日のゴールデンタイムで放送される「グランドナショナル再放送」である。更にその映像は、世界80カ国以上に配信されている。

 すなわち、競馬ファン以外の人たちを含め、そして平地競馬を含めて、英国はもとより世界中で最も知名度の高く、最も多くの人たちが観戦する競馬が、グランドナショナルなのだ。

 ハンデ戦のG3が、なぜこれほどの人気を博しているのか。プロ騎手ですら手古摺るのがグランドナショナルのコースなのに、このレースにはアマチュア騎手の参加が珍しくない。のみならず、実際にアマチュア騎手が優勝した例も、第2次世界大戦後だけで4度ある。乗馬人口の多い英国において、グランドナショナルという競走は、意外に市民の身近にある競馬なのだ。ひょっとすると自分もあの舞台に立つことが出来、あわよくば好成績をあげれば世界中の注目を集めることが可能だと、市民が密かに夢見ることが出来るのが、グランドナショナルというレースなのかもしれない。

 さて今年、ブックメーカー各社が7倍から8倍のオッズを掲げて1番人気に推しているのが、オンヒズオウン(騸9、父プレゼンティング)である。スティープルチェイスはここまで7戦3勝と、決してキャリアが豊富な馬ではなく、昨年のグランドナショナルでは2周目のビーチャーズブルックで落馬をしているが、前走今季初戦となったG2ボーインハードル(芝21F)の勝ち方が良く、それにしては負担重量が11ストーン(=約69.9キロ)とハンデに恵まれたと見られている馬だ。また、グランドナショナルを2度制している名手ルビー・ウォルシュの騎乗が確定していることも、人気を上げているファクターとなっている。各社9倍から11倍のオッズで2番人気に推されているのが、シーバス(騸10、父タートルアイランド)である。直前7連勝で臨んだ昨年のグランドナショナルは、1番人気に応えられず3着に敗れている同馬。今季は、初戦となったフェアリーハウスのハードル戦(芝16F)2着、前走同じくフェアリーハウスのG2ボビージョーチェイス(芝25F)3着と敗戦が続いているが、逆に、本番だけに照準を置いて仕上げられてきたと見られている馬である。各社11倍から13倍のオッズを掲げて3番人気に推しているのが、昨年のこのレースの4着馬カッパブルー(騸11、父ピストレブルー)だ。この馬もシーバス同様、今季初戦となったカーライルの条件戦(芝24F110y)が2着、前走アスコットの準重賞(芝24F)も2着と勝ち切れない競馬が続いているが、目標はここに置いていると見られている馬だ。

 以下、条件戦ながら楽勝続きの2連勝でここへ臨む上がり馬のコルバートステーション(騸9、父ウィットネスボックス)が12倍から15倍、前走G2レッドミルズスティープルチェイス(芝20F)の勝ち方が良かったシカゴグレイ(騸10、父ルソー)が13倍から15倍、昨年のこのレース2着馬サニーヒルボーイ(騸10、父オールドヴィック)が13倍から17倍で、4番手グループを形成している。

 世界中の競馬ファンが熱い視線を集めるグランドナショナルに、皆様もぜひご注目いただきたい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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