さよなら、ジョワちゃん

2013年05月30日(木) 18:00

 競走馬をトレセンという現場で追いかける、という仕事をさせていただいて20数年たちます。一番の醍醐味は間近でリアルな現場を体感できることでしょう。喜怒哀楽、深い深い感情がその中を渦巻いています。人間はもちろん、競走馬は生身の動物ですから、そのエネルギーというかパワーはものすごいものがあります。

 先週ダービーを勝ったキズナのダービーに向けてのエネルギーの強さも凄かったですね。気迫というか、ただ運動で歩いているだけでも猛烈なオーラを放っていました。もちろん、それがいい悪いではなく、たいしたオーラがなくても結果を出している馬はたくさんいる(ブエナビスタなど)のですが。キズナについてはオーラで圧倒するタイプで。もうね、ただそこに存在しているだけで、つい目が行ってしまうという凄味を放っていました。

『OFF』になった今週のキズナ

『OFF』になった今週のキズナ

 ただし、先週までは、です。

 今週のキズナは…あれ?ただの馬!?というほど、オーラなかったです(笑)。別に体がしぼんだわけでもないのですが、そんなに大きくも見えない。かといって、疲れてる感じでもない。ちょっと前に通り過ぎたミッキーパンプキンのほうがよほど堂々とオーラ?を放っていましたね(苦笑)。それほどまでに“普通”でした。強いて言うなら、リラックスしていたのかなぁ。とにかく完全に『OFF』でした。

 佐々木師はダービーのレース後、キズナの精神力の素晴らしさを言及していましたが。まさに『OFF』になったときのキズナを見て、それを痛感しましたね。ONとOFFの切り替えが素晴らしい!きっと、凱旋門賞に向けて自らスイッチを『ON』に入れていくのでしょうね。明日31日に大山ヒルズに放牧に出るキズナ、お盆くらいに一度栗東に戻ってくると聞いています。その後、どのタイミングで再び『ON』に入るのか。栗東にいてくれる間はしっかり見守りたいと思います。

 さて、今週は悲しい事故が起こりました。皆さんご存知のとおり、29日、ジョワドヴィーヴルに安楽死の処置がとられました。1日経って、この原稿を書いているときも、なんかまだ信じられませんね…。ただ、写真を整理して、昔の原稿を読み返しながらジョワちゃんの思い出を紐解いていると…。あぁ、もう天使になっちゃったんだなぁ、と実感させられます。

2歳12月のジョワドヴィーヴル

2歳12月のジョワドヴィーヴル

 入厩した直後のジョワちゃんはとても慎重で、洗い場の下に敷いてあるゴムの切れ目すら気にするほど周囲をよく観察していましたね。運動も前に誰かいたほうが安心するのか、1頭でスタスタと歩くタイプではありませんでした。目がクリッとしていて、皮膚が薄くて品があって、そしてすごく華奢でした。でも、日を追うにつれ、仕草は堂々としたものに変わり、走りも姉のブエナビスタを彷彿させる闘争心を出すようになりました。ヴィクトリアマイル4着と復調の兆しが見え、さぁ、これからというときだっただけに残念でなりません。

 松田博資師はとても馬を大事にする方で、常日頃から「牝馬なら繁殖にあげてやるのが役目」と話しています。こと、新馬戦のジョッキー選びは慎重で「いきなり厳しい競馬をさせて馬を壊してはいけない」と気を配っています。今回のジョワドのことも、淡々としながらも内心とても心を痛めていらっしゃいます。

 ニュースの原稿にも書きましたが、ホントに順調でどこも悪いところがなかったんです。それでも、こういうことが起きるんだな、と思いました。

姉ブエナビスタ(左)との一枚

姉ブエナビスタ(左)との一枚

 強いて気になったことを挙げるなら、松田博師は昨年暮れから今年のはじめにかけてジョワドの栗東帰厩が秒読みに入ったころ、「(ジョワドの)体重は470キロを超えるくらい増えているのに、管囲(かんい)が変わらない」ことをとても気にしていました。

 管囲(かんい)とは、馬の体の大きさを測る基準のひとつで、前脚の膝と球節の中間の周囲のことを指します。体はパワーアップしているが、骨の太さが変わらないことをひどく心配していたんですね。その後の管囲の変化をわたしは存じ上げないし、それと今回の事故の因果関係は不明です。誰にもわからないでしょう。ただ、ジョワドは飛び抜けて強い心臓を持ち、とても特徴的な走りをする天才少女でしたから。それゆえ予測し得ない“何か”を背負っていたのかもしれません。

 騎乗者が異常に気付いた直後、ジョワドに即座に走るのをやめさせたそうです。それでも、ジョワドは最後の最後まで走ろうとした…。闘争心溢れるジョワドを必死で抑えて、下馬するまでのほんの僅かな時間をどれだけ長く感じたことでしょう。

 本当にこういう事故だけは何年現場にいても慣れません。避けては通れないとはいえ、二度と起こって欲しくないと心から願います。夭折したジョワドヴィーヴルのご冥福を謹んでお祈り申し上げます。合掌。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

花岡貴子

デジタルレシピ研究家。パソコン教師→競馬評論家に転身→IT業界にも復帰。競馬予想は卒業したが、現在も栗東トレセンでニュースやコラム中心の取材を続けている。“ねぇさん”と呼ばれる世話焼きが高じ、AFPを取得しお金の相談も受ける毎日。公式ブログ「ねぇブロ」(http://ameblo.jp/takako-hanaoka/)

新着コラム

コラムを探す