2013年09月28日(土) 12:00
来週火曜日、10月1日に羽田からパリに飛び、凱旋門賞取材に行く。1日といっても0時40分発なので、感覚的には9月30日の夜中である。 現地時間の1日朝6時20分に到着し、レンタカーでシャンティーに向かう。
2日は追い切り取材、4日はサンクルー競馬場に行ってから、パリでツアーの夕食会のイベントに参加。5日からロンシャン競馬場で、6日が凱旋門賞本番。7日はパリ国際競馬会議に出席し、8日に現地アウト。で、9日の午後、帰国する。
「日本馬が勝てば」という条件付きの原稿依頼もあるので、キズナかオルフェーヴルが勝てば、帰国した週は鬼のように忙しくなりそうだ――。 日本の競馬ファンや関係者が、こういう状況で凱旋門賞を迎えるのが初めてであることは間違いない。
何しろ、その年の日本ダービー馬として初めて参戦するキズナがニエル賞、昨年、世界中を驚愕させる2着になったオルフェがフォワ賞と、2つの前哨戦を勝ち、中心勢力として世界最高峰の舞台に上がるのだから。
ものすごいタラレバだが、もしジェンティルドンナがヴェルメイユ賞に出ていたら、主要な3つのトライアルを日本馬が独占して本番を迎えることになったかもしれない。
こういうことを言うと、実際に勝ったトレヴに失礼かもしれないが、ともかく、本気そう思えるところまで日本の競馬のレベルが高まった今、「日本代表」と呼ぶにふさわしい2頭が絶好の状態で出走できそうなのだから、「歴史的瞬間」の訪れを、どうしても期待してしまう。
私が初めて凱旋門賞を現地で観戦したのは、武豊騎手がホワイトマズルで初めて参戦し6着に敗れた1994年だった。次がディープインパクトが3位入線後失格になった2006年、メイショウサムソンが10着に終わった08年、ナカヤマフェスタが2着、ヴィクトワールピサが7着になった10年とつづき、今年が5回目ということになる。
思い出すのは、06年にシャンティーで過ごした本番前の時間だ。 レースが行われる週の水曜日、2次出走取消の段階で出走馬は11頭という少なさだった。それが木曜日の出馬投票でさらに減り、最終的には8頭立てという、凱旋門賞史上2番目に少ない頭数になった。
ディープの強さに恐れをなした他馬陣営が、勝てる見込みのない戦いを避けた結果、こうなったように感じられた。
実力が互角だとして、11分の1で回ってくると思われた栄冠が8分の1になった。だが、互角などではなく、間違いなくディープの強さは世界一だと、そこにいた私たちは信じていた。
ヨーロッパの牙城が崩れかける音を、確かに聴いたように思ったのだが――。 私たちの前に用意された現実は、夢見ていたシーンとは異なるものだった。
あれから7年。
私たちを、凱旋門賞のゴールのすぐ近くまで連れて行ってくれたディープの産駒が、父が敗れた年を含む過去10年で3頭の勝ち馬が本番を制したトライアルを、父の主戦騎手を背にして勝った。
話はちょっと飛ぶが、作家の島田雅彦氏は6年ごとに作風を変える努力をしており、理由は、人間の細胞は6年ですべて入れ替わるからだという。さらに、6年の周期を3度繰り返すと、つまり18年経つと、元のところ(と少しズレたところ)に戻ってくると考えている……と、何年か前のインタビューで話してくれた。
その伝で言うと、武騎手がデビューしたのは87年なので、ディープが三冠馬になった05年に最初のひと回り(6年周期×3回)を終え、06年にはふた回り目に突入していたわけだ。
ひと回り目の最後で年間200勝を楽々やってのけ、ふた回り目の最初、トータルでは4周期目の6年間でディープのいない競馬を経験し、落馬での鎖骨骨折を機に低迷期を迎えた。トータルで5周期目に入った昨年、マイルチャンピオンシップを勝って2年ぶりのGI制覇を果たし、そして今年、キズナでダービーを勝った。
こうして再浮上しつつある今の彼は、ふた回り目の2回目、トータルでは5周期目の「ニュー武豊」なのだ。 ここ数カ月の騎乗の冴えっぷりを見ていると、トータル5周期目の彼は、200勝していたころと同等のパフォーマンスを発揮できる状態にあることがわかる。
7年というのは、「違う自分」になることが、充分にできてしまう時間なのだ。
実は、私の物書きデビューは彼の騎手デビューの前年なので、毎度毎度、彼より1年早く「ニュー島田」になっているのだ。周期としては彼と同じ、トータルでは5周期目にいる、ということになる。
この周期に入ったのは11年だから、『消えた天才騎手』を上梓した年だ。 6年周期ごとの作風をもとに自分を見つめなおしてみると、なるほど、確かに前の周期とは何らかの変化が認められ、少しは意味のある時間を過ごしてきたような気分になれる。
話がさらに逸れそうなのでこのくらいにするとして、ともかく、今回は、シャンティーでもロンシャンでも、7年前とは違う楽しみ方をしてきたいと思う。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所