ちぎって勝つ強さ

2013年11月30日(土) 12:00 24


◆思い出すクロフネのジャパンカップダート

 本稿がアップされる翌日、12月1日、この名称では最後となる第14回ジャパンカップダートが行われる。

 来年からは、中京ダート1800mが舞台の「チャンピオンズカップ」となり、招待ではない国際レースになる――と発表されてから、ずっと気になっていたことがあった。

 それは、武豊騎手が王手をかけている、JRA全GI(平地22レース)制覇に関することだ。残るは朝日杯フューチュリティステークスのみ。彼が今年の朝日杯を勝ったとしても、来年以降チャンピオンズカップを勝たないと全制覇にならないのか。それとも、ジャパンカップダートを勝っている(それも4回も)ので、すでにチャンピオンズカップは制覇済ということになるのか。

 ウーンと思いながらJRAのサイトを見直すと、「ジャパンカップダートの改善について」のところに、「チャンピオンズカップ(GI)[1800mダート]へ改称いたします」とある。さらに、「週刊ギャロップ」最新号の「2014年中央競馬重賞日程」に「第15回チャンピオンズC」と載っている。チャンピオンズカップは「新設GI」ではなく、ジャパンカップダートのつづきなのだ。ということは、武騎手は制覇済、なのである。

 さて、武騎手のジャパンカップダートというと、私は、東京ダート2100mで行われた2001年の第2回、クロフネで圧勝した一戦を、まず思い出す。

 クロフネは、皐月賞馬アグネスタキオン、ダービー馬ジャングルポケットらとともに「最強世代」を形成した外国産馬である。NHKマイルカップを勝ち、クラシックの外国産馬への「開放元年」と言われたこの年のダービーで1番人気に支持されるも5着に敗退。

 秋は天皇賞を目標に据えたが、外国産馬の出走枠が2頭しかなかったため出走できず、矛先を変え、天皇賞前日の武蔵野からジャパンカップダートという路線を歩むことになった。

 これが吉と出た……というどころか、超ウルトラスーパー大吉と出た。

 武蔵野ステークスでは、道中中団の外を追走し、3コーナーから徐々に進出。そのまま自然に加速するような感じで直線に入り、後続との差をどんどんひろげていく。ゴール前で武騎手が何度もターフビジョンを見たり、脇の下から後続を確認し、最後は流して9馬身差で勝った。1分33秒3という、驚異的なレコードを叩き出していた。

 つづくジャパンカップダート。序盤は後方に控え、向正面で早くも進出し、いったん好位にポジションを固定した。そして、3コーナーで動き出し、前走同様、ブッちぎった。

 前年の勝ち馬ウイングアローに7馬身差をつけ、2分5秒9という、これも驚愕のレコードでの圧勝。この馬なら翌年のドバイワールドカップでも突き抜けるのでは、と期待されたが、屈腱炎のため引退、種牡馬となった。

 クロフネは、ダートでも強烈な走りをするだけの能力を秘めていて、それが引き出されたわけだが、仮に競走馬として引き出されずに終わっていた場合も、種牡馬として同様の強さを後世に伝えるのだろうか。

 興味のあるところだが、そのあたりは百年単位で血のつながりを検証して初めて、少しずつ見えてくるもののように思う。

 クロフネに関して特筆すべきは、「ちぎって勝つ強さ」だ。

 見た目が派手で、スカッとするだけでなく、他馬を離して勝つことができる馬は、勝ち時計や上がりタイムなどでは表せない種類の強さを持っている、と私は考えている。

◆「ちぎって勝つ強さ」は「野性を離れた強さ」

 肉食獣から集団で逃げるのが、遺伝的に馬が持つ「野性」である。それに対し、ほかの仲間が固まって走っているのに、そこからわざわざ抜け出すのは、自身を「食われる危険」にさらすことになる。それができるのは、度胸以上に、サラブレッドという人間によってつくられた動物ならでのは、「野性を離れた強さ」があるからではないか。

 ちぎって勝つ強さは、野性を離れた強さであり、すなわちサラブレッドとしての強さをダイレクトに表すものだ、と、私はとらえている。ちぎって勝つのは好きではない、という騎手もいるらしいが、せっかく突き抜ける力があるのに、そこにとどまることで安心できる「野性」の範囲内で走らせてばかりいると、周囲のレベルが高くなったとき、取り残されてしまうことにつながるような気がする。

 ひとつ確かなのは、「このレースは低レベルだ」とか「この世代はレベルが低い」と言われるなかでも、ちぎって勝った場合は、全体のレベルが低かろうと、その馬は強い、ということ。ちぎらなくても、いわゆる「一頭だけ違う競馬をした」という場合でも、そう見るべきだと思う。上がりタイムが2番目の馬より1秒も速かったとか、逃げ・先行馬が全滅するなか、その馬だけ前に行って粘り切った……というふうに、群れ全体の動きから乖離すればするほど、野性を離れた強さを発揮したことになるからだ。

 それもあって、先日のエリザベス女王杯で、「3歳牝馬は低レベル」と言われたなか、一頭だけ違う競馬をし、そこそこちぎって勝っていたメイショウマンボは別だと思い、別の連載コラムで本命にした。

 では、どのくらい離せば「ちぎった」ことになるのか。クロフネのように7馬身とか9馬身突き放す馬は、全体のレベルが年々上がって、各馬の力が接近してくると当然少なくなる。メイショウマンボは、全6勝のうち、新馬戦だけが1馬身半差で、ほかの5勝はすべて1馬身1/4差をつけている。ギューンと差してきて、それだけ抜け出してもケロっとしている。間違いなく、野性を離れた強さがある。

 こう見ていくと、今の競馬では、1馬身以上離せば、こうした文章でそう表現していいかどうかはさておき、概念としては「ちぎった」としていいのではないか。さらに1段階上の「ブッちぎった」は、3馬身以上、といったところか。

 去年のジャパンカップダートでは、ニホンピロアワーズが、そして4年前はエスポワールシチーがともに3馬身半差でブッちぎった。両馬が出走する今年はどんなレースが見られるか、楽しみである。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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