2013年12月07日(土) 12:00 28
◆競馬界の死語と新語
今年は流行語が豊作だった。
先日、年末恒例の『2013ユーキャン新語・流行語大賞』が発表され、予備校講師で競馬ファンでもある林修氏の「今でしょ!」、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の「じぇじぇじぇ」、TBS系連続ドラマ『半沢直樹』の「倍返し」、五輪招致のプレゼンテーションで滝川クリステルさんがやってみせた「お・も・て・な・し」が年間大賞に選ばれた。今年30回を迎えたこの賞で、4つの言葉が同時受賞したのは初めてのことだという。
私は「じぇじぇじぇ」「アベノミクス」「今でしょ!」「倍返し」の順で、受賞するのはひとつかふたつだと思っていたので、ちょっと驚いた。
競馬界でも、ときどき「流行語」と呼べるものが生まれ、「新語」も登場する。
パッと思い浮かぶ流行語は、1990年代なかごろから後半にかけてよく使われた「スローペース症候群」だ。私が競馬を始めた80年代後半はフルゲートが24頭だった(もっと多い時代もあった)のだが、その後、フルゲートが18頭となって出走頭数が少なくなり、多頭数の時代ほどポジション争いが激しくなくなった。さらに、当時活躍した強いサンデーサイレンス産駒は「道中はゆっくり走って、最後の直線の瞬発力で突き抜ける」というタイプが多かったので、それらを中心に動くレースは、どうしてもスローな流れになった。
それに関連して、ほとんど使われなくなった競馬界の「死語」もある。そのひとつが「テレビ馬」だ。今は3歳戦線にNHKマイルカップがあるので、マイルぐらいまでがベストの馬は、勝ち目のないダービーではなくそちらを目指すようになった。しかし、96年にNHKマイルカップができる前は、ある程度賞金を持っていれば、たとえ惨敗しようとも、一生に一度の大舞台であるダービーに出てくる短距離馬が何頭もいた。皮肉なことに、短いところで走る馬のほうが仕上がりが早い傾向があるので、チャンピオンディスタンスでよさが出る馬たちより、前哨戦で賞金を稼いで出走資格をゲットしやすいのだ。そういう馬は、ダービーに出ても最後に息切れしてバタバタになってしまう。どうせバタバタになるのなら、途中まではテレビに確実に映る先頭を走り、実況で名前が呼ばれるほうが馬主をはじめとする関係者の記念になる。ということで、勝負を度外視して大逃げを打つ馬が現れ、「テレビ馬」と呼ばれた。
思い出されるのは、88年のダービーで大外24番枠から飛び出し、向正面では後ろを10馬身ほど離して逃げ、4コーナーで馬群に呑み込まれたアドバンスモアの見事なテレビ馬ぶりだ。ダービーでは勝ち馬から7秒以上離された最下位に終わったあの馬も、NHKマイルカップのある時代に生まれていたら、まるで違った「馬生」を送っていただろう。
そんなふうに、ハイペースで引っ張る「テレビ馬」がいくなったがために、「スローペース症候群」と呼ばれる競馬が多くなった、という側面もある。
では、競馬界の「新語」はどうか。
数年前から、レース後のコメントなどで、何人もの騎手が「脚が溜まる」と表現するようになった。それまでも、「脚をタメる」だとか「ためが利く」といった、競馬独特の使い方はあったが、自動詞の「溜まる」は、間違いなく新しい使い方だ。
◆新語・流行語の多い年は活気がある
ここで、自動詞、他動詞について、ひとつ。もし、本稿を読んでいる人のなかに、たくさんの人の目に触れる場で競馬の文章を書いている人がいたら、私の希望というか、「申し合わせ」という受けとめ方でもいいのだが、ぜひやってほしいことがある。
「サンデーサイレンスは、スペシャルウィーク、ディープインパクトら多くの駿馬を輩出した」というように、「輩出する」を他動詞として使うのは、やめたほうが美しいと思う。これだけ多くの人が使うと「誤用」とは言えなくなるのだが、手持ちの辞書で「輩出」を引いてみてほしい。『大辞泉』のような新しい辞書には他動詞としての用例も掲載されているようだが、書店で複数の辞書を調べたり、国立国語研究所などに問い合わせてみたりすると、私と同じ結論に達するはずだ。
「輩出する」は、「尾形一門から、保田隆芳、野平祐二ら多くの名騎手が輩出した」といったように、自動詞として使うのが美しいと思う。優れた「我が輩」たちが世に「出る」のだから、やはり、自動詞のほうがしっくり来る。他動詞として使うと、響きが、ガスやゴミを「排出する」みたいで、私は嫌である。
「輩出」は本来、人間が主語となるべき言葉なのだが、それを馬にあてるから、他動詞として使われやすくなるのかもしれない。
最後に、わりと最近、初めて聞いた新語を。「前傾ラップ、後傾ラップ」というものだ。「前傾」というのは、例えば2000mのレースなら、前半1000mのほうが後半1000mより速い、という解釈でいいのだと思う。これは、前半のほうが速くて当たり前だった時代、つまり、「スローペース症候群」以前の時代には登場し得なかった言葉であろう。
新語・流行語の多い年は活気があるという。その伝で言うなら、競馬界にも、またぜひ「ん?」とか「ほう」と思わせてくれる言葉が登場してほしいものだ。
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。
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