2013年12月11日(水) 18:00 64
◆地域崩壊の瀬戸際に立たされている生産地日高
一頃から比べるとかなり数は減ってきているものの、日高にはまだまだ多くの中小牧場が軒を連ねている。それも圧倒的多数が家族経営の小規模牧場だ。そして、近年は夫婦だけで営むところや、どうかすると夫人がパートに働きに出ていて、実質的に夫が一人で切り回している牧場も少なくない。
子供がいても後を継がせないケースも増えている。昭和の時代のように、それぞれが適齢期になったら普通に結婚し、生まれてきた子息がまた当たり前のように家業を継ぐという時代ではもうなくなっている。「できることなら子供にはこの仕事を継がせたくない」と考える親が多いのだ。なぜ、継がせたくないか。その最たる理由は、経営難により将来に希望が持てなくなってきていることが最も大きい。年々増え続ける負債に頭を抱えながら展望のない牧場経営を続けるのはかなりの“難業”である。子供にはこんな苦しい思いをさせたくないと弱気にもなるのは当然のことだ。
夫婦二人で営む牧場であっても、健康で働ける間は良いが、片方が急な病気や怪我などで長期入院を余儀なくされると、ほぼアウトである。とりわけ一家の長たる夫に何かあったらその時点で廃業を覚悟しなければならない。昨日までピンピンしていた人が突然斃れてそのまま還らぬ人になってしまうケースもあれば、何とか命だけは助かったものの、寝たきりになってしまうケースもある。また、いくつかの要因が重なり、自ら死を選んでしまう人も決して少なくない。
かつては当たり前のように代を重ねて牧場を守ってきたのが、今はむしろそんな牧場は少数派になっているのではないか。私の周辺を見渡しても、息子がいて後を継いでいる牧場の方が少なく、50代、60代の小規模牧場の多くは「できるところまでは続けるつもりだが、もうこの先そんなに長くはできないだろう」と口々に言っている。
生産を止めるのはすなわち「廃業する」ということである。土地や施設を生かして、例えば和牛や農用馬生産に切り替える選択肢もないわけではないが、サラブレッド生産に手を染めた人はなかなか「頭の切り替え」ができない。いくら負債が増えようが依然としてサラブレッド生産にしがみついている大きな理由は、そこにまだ一攫千金を夢見ているからだ。「一発当たれば」との思いから脱却できないのである。
とある牧場での馬の風景(写真と本文とは関係ありません)
しかし、そうやっていても、いずれ限界は来る。資金調達ができなくなったり、年齢的にもう第一線で働けなくなったりして、牧場経営を続けられなくなる。後継者がいなければ、遅かれ早かれ廃業は免れない。
ところが、地域全体がそんな状況なので、ひとたび廃業するとなっても、土地や施設が思うように処分できなくなってもいる。元気の良い(版図拡大に熱心な)隣人でもいればまだしも、両隣どころか近隣の牧場の大半が「売りたい、貸したい」という牧場ばかりでは、引き受ける人間がいないのである。
それぞれの牧場の立地条件にもよるが、日高の場合、総じて面積は狭隘で、使い勝手の悪い牧場が少なくない。ただでさえ広くない土地が、道路や河川、山林などに限られていて、魅力に乏しい。つまり単独物件として売却もしくは賃貸しようとしても、条件が悪いのでそう簡単に処分できなくなっているのだ。
今のご時世では、日高に牧場を所有したいという馬主もそう多くはいまい。資金力のある馬主が生産にも進出するケースはないわけではないが、そういう人は既存のオーナーブリーダーの牧場を居抜きで手に入れる。何軒もの小規模牧場をまとめ買いして生産牧場を開設するよりも、一か所にまとまった「使い勝手の良い」牧場を入手した方がずっと話が早いからだ。
かくして、今後も日高の小規模牧場はずっと「売れない物件」として残って行くことになるだろう。管理も行き届かないのですぐに雑草や雑木が生い繁る。そうなると著しくロケーションが悪化する。ただでさえ条件の厳しい物件なのに、さらに処分がしにくくなる。
つい先日も、町内のとある老舗牧場が廃業することになったらしいという噂を耳にした。しかし、今やそんな話はどこにでも転がっているので全く驚かなかった。むしろ「よく今まで続けて来られたものだ」という思いの方が先に立った。全国馬名簿に掲載されている生産馬の血統や市場での販売状況などあれこれ思い出しても、とてもこれではやって行けるはずがないだろうと感じていたので、意外でも何でもなかった。
廃業してこの先どうするのか。これは今、日高のかなり多くの牧場が直面している問題である。アベノミクス効果?により、この先、奇跡的に景気がV字回復して、生産馬が片っ端からバカスカ売れまくる・・・などという展開は到底考えられないし、おそらくこのままじわじわと年々厳しさを増して行くことになるだろう。冗談抜きで、生産地日高は地域崩壊の瀬戸際に立たされている。
田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。