2013年12月14日(土) 12:00 47
◆スマイルジャックの地方移籍2戦目、ゴールドカップ
12月11日、水曜日。二十数年ぶりに浦和競馬場に行ってきた。スマイルジャックの地方移籍2戦目を観戦するためである。
「見に行く」というよりは、「会いに行く」というか、まあ、あの馬と私の場合は「睨まれに行く」というのが一番ピッタリ来るのだが。
スマイルが走るのは、メインの第51回ゴールドカップ。ダート1500mの重賞(SIII)で、1着賞金は1200万円。
先月大井で行われた移籍初戦のマイルグランプリの模様も本稿でリポートしたが、スマートフォンのカメラで撮影したので写真がしょぼくなってしまった。そこで今回は、去年買ってから数回しか使っていない一眼レフを持って行き、使い方を思い出そうと馬道の脇でいじくり回していると、「よう」と聞き慣れた声がした。
スマイルのJRA時代の管理者、「コビさん」こと小桧山悟調教師である。
スマイルジャックのJRA時代の管理者・小桧山悟調教師(左)と、競馬解説者の竹内康光氏
「スマイルを見にきたんですか?」
私が訊くと、
「うん、今そこで会ってきた。鞍、乗っけてきたよ」
と、早足でスタンドのほうに行ってしまった。そのとき写真を獲りそこねたので、もう一度すれ違ったときにスマホで撮ったのがここに載せた写真である。
「コビさん、写真撮らせてもらってもいいですか」
「なんでだよ」
「ツイッターに載せたいんで」
「なんで」
「特に理由はないです」
「じゃあ、竹内さんも一緒に」
と、南関東の解説者として知られる竹内康光氏と並び、カメラに目線をくれた。第三者が聞くと、これでなぜ会話が成立するのかわからないようなやりとりを、コビさんと私はこんなふうに20年以上つづけている。
ゴールドカップは12頭立てで、スマイルは単勝30.9倍の7番人気というシビアな評価だった。JRAでのラスト5戦と、移籍初戦の前走と、ずっとふたケタ着順がつづいているのだから仕方のないところか。
午後2時55分、スマイルがパドックに現れた。きょうも二人曳きである。曳いているスタッフは二人ともスーツにネクタイだ。
――これは口取り撮影を意識してのことか?
と思ったら、ほかの馬を曳いている厩務員もネクタイをしている。
それはさておき、この日のスマイルは、前走時のように蹄から「パコ、パコッ」という「P音」を出していなかった。プラス9kgの馬体重に表れているように、筋肉に張りがある。
――これで馬銜を確かめるように口元を細かく動かすと、いいころのスマイルなんだけどなあ。
と思っていると、ギロリと睨まれた。
私の右隣にいた女性のグループが、
「わー、こっち見てるー!」
とスマイルの「ガン飛ばし」に喜んでいる。
目を血走らせて筆者にガンを飛ばすスマイルジャック
パドック周回中「お前、まだいたのか」とでも言いたげなスマイル
今回もスマイルの声が聴こえた。
――おう、いいカメラ使ってんじゃねえか。
と、こちらに流し目を向けた。
――よくわかったな。どうでもいいけど、お前、目が赤いぞ。
――ちょっと寝不足なだけだ。
――久しぶりにコビさんに会って、ウルウルしたんじゃないのか。
――バカ言ってんじゃねえ。
と、のっしのっしと歩いて行く。
走りたくてウズウズしている、という感じではないが、
――走ってやってもいいぞ。
というぐらいの気持ちにはなっているのではないか。
返し馬での首の使い方も、前走より大きくなっている。
山崎誠士騎手を背にしたスマイルジャック
返し馬のフォームが全盛期に近くなってきた。気のせいか、カメラ目線
少しずつではあるが、自分がスマイルジャックだ、ということを、再び受け入れようとしているように思われた。
◆「スマイルジャックに乗るのは楽しい」…山崎誠士騎手
ゲートが開いた。
スマイルは、やや縦長になった馬群の最後方を進む。それほど行きたがってはいない。
1、2コーナーを回りながら馬の間をすり抜け、先頭から12~13馬身離れた後方3番手で向正面に入った。
そして3コーナー手前、5馬身ほど前にいたジョーメテオが早めにスパートをかけると、スマイルも外から動き、次々と内の馬をかわしていく。
凄まじいマクりだった。3コーナーから4コーナーまでの脚は、ほかのどの馬よりも速かった。まさに他馬が止まって見えるほどの伸びを見せ、6番手で直線に入り、突き抜けそうな雰囲気もあったが――。
そこまでだった。
最後は顎が上がってしまい、勝ったジョーメテオから1.6秒離された10着に終わった。
スマイルジャック(左から2頭目)はゴールドカップで10着に敗れた
レース後、泥だらけで検量室前に戻ってきたスマイルジャック
今回も惨敗だったが、久しぶりに「見せ場」をつくってくれた。
前走につづいて手綱をとった山崎誠士騎手の表情は明るかった。
「今回はそれほど掛かりませんでした。3コーナーでは、やったかな、と思ったんですけどね。最後、脚が上がったのは、大敗がつづいているので、気持ちの部分もあるのかもしれません」
前回も言っていたように、ダートの走りそのものは悪くない、と今回も感じたという。
「あの脚を使えるんですから、ダートがダメなわけはないですよね。乗り味がいいし、さすがオープン馬という背中をしています。きょうは3コーナーで動きましたけど、あそこでもジッとして、最後だけ動いたらどうなるか、とか、試してみたいことがいろいろあるんです」
話しているうちに、少しずつ声が弾んでくる。
「スマイルジャックに乗るのは楽しい」と笑顔を見せる山崎誠士騎手
スマイルは、ゲートから出して行くと掛かるし、出たなりに行くとあまり進んで行かないなど、乗り方によって走りが変わってくる。
「それだけに、やり甲斐がある。この馬に乗るのは楽しいです」
スマイルを友人だと思っている私は、山崎騎手の最後のひと言を聞いただけで、きょうも来てよかった、と思った。
応援する騎手が、またひとり増えた。
山崎誠士・スマイルジャックの次走が、ますます楽しみになった。
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。
関連サイト:島田明宏Web事務所