人の心をとらえる颯爽とした振る舞い

2013年12月19日(木) 12:00


◆ここぞという瞬間に決断したダイユウサク熊沢重文騎手

 進むにせよ、退くにせよ、決断すべきときにきちんと決断できなかったら、本当は厳しい現実を生き残ることはできないのだが、世の中には、成り行きというものがあるから、つい、どうなるのか待ってしまうのだ。近くの誰かが決断し、それに追随する。付和雷同はこうしたことから生じてくるのではないか。だから、不具合になると他のせいにするのも簡単だ。そこでぐずぐずためらって決断しない日々の中、颯爽とした振る舞いが人の心をとらえる。

 スポーツ選手のプレイはそんな中でも分かりやすいから人気が出る。この、ためらわないという魅力は、競馬にもある。けれん味のない騎乗、堂々たる正攻法の戦い方、見ていて気持ちがいい。有馬記念史上に残るテンポイント、トウショウボーイが演じた1977年のマッチレースは、その典型だ。スタートしてゴールまで両雄が終始せり合うというマッチレース。こんなシーンを見せられたらたまらない。そこには、ためらいは微塵もなかった。

 このためらいのなさと言えば、誰しもが予想できなかった伏兵馬の大逆転のプレイに見ることもあった。メジロマックイーンが単勝1.7倍の支持を集めた1991年、レース中、ずっとその大本命馬のすぐ後ろにつけ、じっと機を伺ってこれを倒したダイユウサクだ。道中、中団につけ、大逃げを打ったツインターボに他馬が一気に差をつめる一群に入っていたメジロマックイーンは、さあこの時とスパートした瞬間、これを見ていたダイユウサクは馬群の一番内をついて並ぶ間もなく先頭に立つという奇襲をかけ、大金星を上げていたのだ。

 15頭立ての14番人気、この時の単勝配当は、今でも有馬記念の最高記録となっている。ダイユウサクの鞍上は、有馬記念に初めて出場した21歳の熊沢重文騎手。秘かに決意を抱き、決断する時を待ち、ここぞという瞬間にためらうことなく結構したそのプレイも、颯爽とした振る舞いだったと言っていい。

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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