2014年01月25日(土) 12:00
◆フィクションで「AJC杯」の予想を
「なあ、いつからAJCCなんて、ジャパンアクションクラブみたいな言い方をするようになったんだ」
ディレクターのレイが、誰に言うともなく呟いてグラスを空にした。レイコでもレイカでもなく、ただのレイ。サンダル履きでどこにでも撮影に行く牡38歳の風来坊だ。
向かいに座ったキャスターのユリちゃんはスマホをいじりながら鼻歌を歌っている。レイの声など耳に入っていないようだ。
「島田さん、どう思います?」
レイがちくわの素揚げの皿をこちらに滑らせ、訊いた。
「何が」 「AJCCですよ」 「おれは今でもAJC杯って呼んでるよ」 「じゃなくって、本命馬。やだなー、まだレース名の話をしてるんスか」
自分で話を振っておきながら何を言っているんだと文句を言おうと思ったら、下戸の私のためにウーロン茶のお代わりをおばちゃんに頼んでいる。
いい加減そうに見せておきながら、案外隙がない。こういうヤツは、ゲストの話にどう相槌を打つかまできっちりチェックしているから気をつけるんだよ、と隣のユリちゃんに言おうとしたら、彼女はいつの間にか競馬新聞の馬柱とにらめっこをしている。そして、一頭の馬に赤ペンで花のマークをつけている。それはいいのだが、彼女が手にしているのは私の新聞だった。
「ユリちゃん、それおれの」
私が言うと、彼女は慌てて新聞を裏返しにし、「スミマセン」と返してくれた。とっさに裏返したのは、彼女の世界のなかで「なかったこと」にしてしまうためか。
ユリちゃんは、明日撮影があるからと帰ってしまった。
彼女が花のマークをつけたのはコスモファントムだった。これがいいと思ったのか、それとも無印で空欄になっていたのでなんとなくスペースを埋めたくなったのか……。
「おれの本命は、期待票もこめて、レッドレイヴン。2歳のとき、翌年のクラシックはコディーノとこいつの同厩対決になる、とまで言われた逸材だけに、復活してほしいね」
私が言うと、レイがニヤリとした。
「相変わらず、何が勝つと思うかじゃなく、何に勝ってほしいか、って予想だなあ」 「そう思える馬じゃないと、セコセコ稼いだ金をつぎ込む気になれないんだよ」 「レイはまたシマちゃんの予想を外して買う気か」
と、ずっと黙っていた制作会社のサトさんが身を乗り出した。
「それはわかんないけど、ぼくはケイアイチョウサンから買います。前走の金杯は5着といっても1馬身しか負けていないし、スムーズだったらもっと上に来たでしょう。ステイゴールド産駒はこのコースが得意みたいだし、結構つくだろうから美味しいんじゃないかな」 「フェイムゲームも、いかにも中山血統という感じで怖いんじゃないか。ヴェルデグリーンもいいぞ。この馬のフットワークは中山の外回りでこそ、という感じだしな」
とサトさん。この人は変わっていて、毎週競馬場に通い、能書きは誰にも負けないのだが、年に数回しか馬券を買わず「ケンのサトさん」と呼ばれている。買ったつもりになって予想が外れるとすごく得した気分になり、それがいいのだという。
アメリカJCCは、レッドレイヴンを軸に、ケイアイチョウサン、フェイムゲーム、ヴェルデグリーンと、ユリちゃんが謎の花マークをつけたコスモファントムに流してみよう――。
と、ここまで書いたやりとりはフィクションである。
モデルになってもらった小山田励ディレクターやキャスターの黒澤ゆりかさん、サンフォニックスの佐藤智浩さんらには、ひと言も言っていない。レイのサンダル履き以外は、実像とはキャラがまるで違っている。
彼らからクレームが来たり、「このページに注目する」のクリック数が極端に少なかったりしたら、この形式で書くのは、これを最初で最後にしたい。
さて、JRAのサイトにアップされている「平成26年度調教師及び騎手免許試験要領」によると、来週月曜日から水曜日まで、新規騎手免許試験が行われる。合格発表予定日は都知事選3日前の2月6日。みんな、頑張っていい結果を出してほしい。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所