大記録の背景

2014年02月01日(土) 12:00


◆松山康久調教師のJRA通算1000勝に感じる不思議な縁

 先週の日曜日、ふたつの大記録が達成された。

 ひとつは武豊騎手による前人未到のJRA通算3600勝、もうひとつは松山康久調教師による史上14人目、現役では藤沢和雄調教師に次ぐふたり目となるJRA通算1000勝である。

 武騎手の3400勝から3500勝までは1年7カ月を要したが、そこからの100勝はペースが上がり、1年ほどで上乗せされた。勢いが戻りつつあることは確かだが、しかし、まだまだ本来のペースではない。本人がコメントしたように、秋には3700勝を達成し、さらに勝ちつづけてほしいと思う。

 松山師の記録は、定年まで残り5週となったところでの達成だっただけに、非常にドラマチックだった。昨年11月2日に998勝目を挙げてからしばらく勝ち鞍がなく、重苦しいムードがつづいたなか、1月25日、土曜日に999勝目をマーク。その王手となった勝利も、大台に乗せた勝利もともに後藤浩輝騎手の手綱によるものだった。

 後藤騎手は、デビュー2年目の1993年に松山師が管理していたロイスアンドロイスで未勝利を勝ち、その後も何度か同馬に騎乗している。早くから起用してくれた師に恩返ししたいという気持ちが強いからだろう、999勝目と1000勝目をもぎとったときの喜び方はGI級だった。

 松山師と後藤騎手は、本人同士の結びつきだけではなく、互いの師弟関係においても強いつながりがある。

 松山師の父、松山吉三郎氏は太平洋戦争前、尾形藤吉厩舎の所属騎手としてデビューし、戦後、調教師として通算1358勝を挙げた。尾形氏の1670勝に次ぐ史上2位の記録である。

 尾形一門の騎手としての弟弟子には、日本にモンキー乗りをひろめた保田隆芳氏や、最年少ダービージョッキーの前田長吉氏、そして、「尾形藤吉の最後の弟子」と言われる伊藤正徳調教師らがいる。

 後藤騎手は、その伊藤正徳厩舎からデビューし、95年まで所属していた。

 松山康久師は父・吉三郎氏の厩舎で調教助手となったので、尾形氏と直接の師弟関係はないが、師にとって後藤騎手は、尾形一門の師弟関係の親戚筋にあたる騎手、と言える。

 そう、コウジョウによる松山師の通算1000勝は、「大尾形」と呼ばれ、近代競馬の黎明期に日本の競馬界を支えた伯楽の流れを組むコンビによって達成された大記録だったのだ。

 もうひとつ、これはツイッターのフォロワーの人から教えられたのだが、「コウジョウ」という同名の馬を、1960年代の終わりから70年代の初めにかけて松山吉三郎氏が管理しており、吉永正人氏を背に金杯を勝つなどしていたのだという。

 史上初の父子調教師による通算1000勝という偉業が、父子ともに管理した同名馬によってなされたというあたりにも、不思議な縁を感じる。と同時に、それをあらかじめ知っていれば、松山師の通算1000勝となったコウジョウの単勝720円を1点で獲ることができていたのでは……という小さな悔しさが湧いてきたりもする。

 松山師は、2月末までにあと何勝上乗せできるだろうか。GI級勝利は、83年のミスターシービーによる三冠獲得と89年のウィナーズサークルによるダービー制覇を含む8勝、重賞は37勝。現役でダービーを2勝しているのは松山師と松田国英調教師のふたりだけで、歴代5位タイである。3勝すれば、藤本冨良、田中和一郎、大久保房松の3氏に並ぶ歴代2位になることができた。尾形藤吉氏の8勝を超えるのは無理だとしても、3度目の「競馬の祭典」の頂上を目指したかったに違いない。

 おそらくJRAも考えていると思うのだが、そろそろ調教師の定年制を見直してもいいのではないか。それを初めて強く思ったのは、池江泰郎氏が、ディープインパクト産駒の管理馬をクラシックにぎりぎり出走させられないタイミングで引退しなければならなくなったときだ。定年を先延ばしにしたい人にはそうさせて、その代わり退職金に相当する受けとりぶんを年にいくらと決めて減額していく、という制度にあらためてもいいような気がする。

 さて、先週、自分としては模倣のつもりで「寺山修司風」のエッセイにしてみたところ、現時点で75人が「このコラムに注目する」をクリックしてくれている。

 これは、読者のみなさんが、「またこういうのを読みたい」、あるいは「また読んでやってもいいよ」と言ってくれたものと解釈し、3週間に1度とか、そのくらいのペースでやってみようと思う。

 ということで、次回はまた「ディレクターのレイ」や「ケンのサトさん」らが登場し、東京新聞杯の馬券について、あることないことしゃべることになりそうだ。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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