赤ちょうちん順延編

2014年02月15日(土) 12:00


◆東京新聞杯が順延し、引き続き新橋の居酒屋より

「まったく、雪のせいで東京新聞杯が流れちまって、ケンすらできなくなるとはな」

 と、ケンのサトさんが恨めしそうに窓の外に目をやった。きょうもまた、東京では雪が降っている。

「おかげで、仕切り直しの東京新聞杯には、あんたが三強って言ってたうちの一頭、ダノンシャークが出てこなくなったな」

 私が言うと、サトさんが濃い眉を吊り上げ、シッシッシと気味の悪い笑い方した。

「シッシッシ。買うぞ」

「何を?」

「東京新聞杯の馬券に決まってるだろう」

 とサトさんが専門紙をひろげた。

「えーっ、サトさんが馬券を買うんですか!?」

 とキャスターのユリちゃんがスマホから顔を上げ、目を丸くした。

 しかし、騒いだのは彼女だけだった。

 真冬でも素足にサンダルというディレクターのレイは、足をボリボリ掻きながら刺身の盛り合わせに箸を伸ばしている。

 私もサトさんの相手をするのがアホらしくなって、ウーロン茶のお代わりを頼んだ。

「レイさんも島田さんも、サトさんがケンじゃなくて買うっていうのに、どうして驚かないんですか」

 と不思議がるユリちゃんにレイが答えた。

「今年知り合ったユリちゃんは知らなくて当然だけど、サトさんが『買う』と言って当たったことは、恐ろしいことに一回もないんだよ」

 サトさんは、聞こえないふりをしてタバコに火をつけた。私が加えた。

「年に数回しか買わなくて、それが全部的中していれば、『居合のサトさん』とか言われて伝説になっていただろうけどね。ケンするつもりであれこれ言ってるときのほうが当たるんだよ、この人は」

 きょうも、ユリちゃんが学生時代にバイトをしていた居酒屋に来ている。客は私たちだけだ。

「おれは殺し馬券として参考にさせてもらうから、サトさん、狙ってる馬を教えてよ」

 とレイはえげつない。

「聞いて驚くなよー、シッシッシ」

「その言い方は、驚いてほしいんだな」

「ダノンが回避して、三強が二強になった。おれが『買い』と睨んだ理由もそれだ」

「二強って、どれとどれ?」

「コディーノとショウナンマイティだよ。この2頭の馬連一点でもいいと思っている」

 私も先週まではこの2頭を買うつもりでいたのだが、サトさんがこうまで自信満々に言うのを聞くと、不安になってきた。

「去年と同じローテのクラレントによる連覇と、エキストラエンドの京都金杯からの連勝のセンは考えてないの?」

 私が訊くと、サトさんが首を横に振った。

「ないね。関西からこの短期間のうちに二度も東京まで輸送というのは、どう考えても厳しい。ただ、去年の毎日王冠以来と間隔があいているショウナンだけは、むしろもうひと絞りできる好材料としてとらえたいね」

「わたしも、同じようにムダな輸送になったにしても、距離が近いぶんダメージの少ない関東馬が有利だと思います」

 とユリちゃんがきっぱり言うのを聞き、サトさんがまたシッシッシと笑った。

「ということは、ユリちゃんの本命は先週に引きつづきサトノギャラントか。実はおれも、二強に割って入るとしたらこの馬だろうと見ているんだ」

 ビールを口に運びかけていたユリちゃんの動きが止まった。カマスの小骨が歯の隙間に挟まったらしく、空いたほうの手でつまみ出そうとしている。バブルのころなら「オヤジギャル」と言われたクチだ。

「わたし、サトノギャラントを軸に、クラレント、エキストラエンド、ショウナンマイティ、コディーノの4頭を相手にした3連単のマルチにしようと思っていたんですけど……」

「悩ましいところだな」

 とレイがニヤリとした。

「でも、やっぱり初志貫徹で、サトノギャラントから買います」

「おれは、エキストラエンドとクラレントの2頭を軸に、3連単を狙おうかな。島田さんは?」

「おれも初志貫徹でコディーノから。これを軸に、ショウナンマイティ、サトノギャラント、エキストラエンド、クラレントに馬連で流す」

 ふーんと言いながら、サトさんが今度は共同通信杯の馬柱を眺め出した。

「なんだよサトさん、共同通信杯も買うの?」

 と訊いたレイに、

「買うわけないだろう。力関係がハッキリするのはこれから、っていう3歳春のレースになんて、怖くて金をつぎ込めないよ」

 と答え、つづけた。

「これはイスラボニータでしょうがないだろう。それとピオネロか。穴っぽいのはマイネルフロストかな。イスラボニータはハープスターに、あとの2頭はレッドリヴェールにやられているだろう。それらがここで上位を占めて、『ああ、今年はやっぱり女性上位なんだな』ってことを間接的に証明して、みんなが半分シラケたため息をつくシーンが目に見えるようだよ」

 さすが、ケンするレースとなると面白いことを言う。

 共同通信杯は、サトさんのケン予想に乗ってこの3頭の馬連ボックスを買いたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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