2014年03月01日(土) 12:00
◆石黒謙吾さんと後藤浩輝騎手
2月の初め、ベストセラー『盲導犬クイールの一生』などの著者として知られる石黒謙吾さんと後藤浩輝騎手と私の3人で食事をした。場所は、石黒さんが贔屓にしている渋谷「のんべい横丁」の店。カウンターだけの1階から体を斜めにしないと上れない、狭くて急な階段の先にある部屋でカモ鍋をつついた。
石黒さんと後藤騎手は、互いの存在を知ってはいたものの、直接会うのはこれが初めてだった。
私は、20年以上前、石黒さんが講談社の若者向け雑誌「ホットドックプレス」の編集者だったとき、ライターとしてお世話になっていた。後藤騎手とは競馬場やトレセンで立ち話をするくらいで、ゆっくり話したことはなかった。初めてあいさつしたのは10年ほど前だろうか、武豊騎手が「クイズ$ミリオネア」というテレビ番組に解答者として出演したおり、ヒントを出す小部屋に一緒に入ったときだった。
面白いのは、石黒さんと後藤騎手の「つながり」である。
去年の春、後藤騎手が首の怪我からの復帰に向け、リハビリやトレーニングに専念していたときのことだった。
ひとりで家にいた後藤騎手が、たまには片づけでもしようと押し入れを覗いたら、6、7年前に買った掛け軸が出てきた。
「カヌー姉妹」 「おすぎとジーコ」
と筆書きされたものだ。
彼は、その写真をSNSにアップした。
それを見た私は、
――な、なんだこれは?
と画像をクリックし、拡大して唖然とした。
そのダジャレ掛け軸の作者のところに「石黒謙吾」とあり、落款まで押してあるのだ。
しかも、「姉妹」の「妹」の「未」を「朱」と誤記し、「← 妹 マチガイ」と小さな文字で修正してある。
しばらく笑って落ちついてから石黒さんに伝えたら、石黒さんが大喜びし、そのSNSでふたりは「友達」になった。
あの掛け軸は全部で30枚ぐらいしか売られていない、きわめてレアなものらしい。
後藤騎手は、2001年に出版された『盲導犬クイールの一生』を読んで泣き、石黒さんが04年に上梓した『ダジャレ ヌーヴォー【新しい駄洒落】』も、同じ著者とはしばらく気づかずに読んで楽しんでいたという。彼のアンテナがキャッチする領域の広さには驚かされる。
せっかくの縁なので、機会があれば3人で会いたいと思っていた。
しかし、石黒さんも後藤騎手も鬼のように忙しく、私も人並みにやることがあるのでなかなか時間がとれず、ふたりが「つながり」を確認してから1年近く経って、ようやく実現した。
石黒さんの向かいに座った後藤騎手は、私が何度言ってもなかなか正座の膝を崩そうとはしなかった(なんでお前が言うんだ、というツッコミはナシでお願いします)。そんな体育会系の性格も、野球で言うなら「意図のわかるリードをする捕手」のように、何を狙っているのか見ている者に伝わる騎乗をするのも、私の好きなところだ。
乾杯のひと言目は、石黒さんと私から後藤騎手への、「完全復帰、おめでとうございます」だった。
石黒さんが「聞き上手」かつ「引き出し上手」なので、4時間ほど一緒にいた間、ほとんどが競馬の話になってしまった。
実は、石黒さんと私が会ったのはほぼ20年ぶりで、最後に品川のホテルのラウンジで会ったときには、わりと競馬の話もしたように記憶している。今回聞いてみたら、以前はよく競馬場に足を運び、オグリキャップやメジロマックイーンの走りはよく覚えているという。しかし、ナリタブライアンの強さは今ひとつピンと来ないとのことだったので、93年ごろを最後に、競馬から離れてしまったようだ。
20年ぶりといっても、もちろん私は石黒さんの活躍は知っていたし、石黒さんも「ナンバー」などで拙文を読んでくれていたとのことで、そんなに長く会っていなかったようには感じなかった。
後藤騎手が、石黒さんとSNSでつながったときコメントしていたように、「ずっと止まっていた時計が回りだしたような嬉しい感覚」だった。
解散したあと、石黒さんが「あと百時間話していたいぐらい面白かった」とツイッターでメッセージをくれた。連続百時間は物理的に難しいので、5時間ぐらいずつに分けて、あと20回でも30回でも、またぜひお願いします。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所