第45回イレネー記念

2014年03月12日(水) 18:00


◆とんでもない大波乱になりかけたイレネー記念

 3月9日(日)、ふと思い立って帯広競馬場に行ってきた。この日は3歳馬の登竜門である伝統の「イレネー記念」が行われることになっていたからだ。今年で数えて45回目となる。年間7つしかないBG1に格付けされた重要なレースである。

 このレースに出走予定の10頭の3歳馬のうち、本命に推されていたのがハクタイホウ。ばんえいでは珍しい新ひだか町の生産馬(橋本岩雄氏生産という)で、馬主もまた新ひだか町の田中春美氏だ。田中春美氏は、中央現役騎手の田中勝春氏の父であり、自身も生産牧場を営んでいる。その傍ら、中央、地方、そしてばんえいと3つに跨る馬主でもある。

 ことばんえい競馬に関しては田中春美氏の場合なかなかの“馬運”で、現役屈指の実力馬ギンガリュウセイも所有しており、先月本人から伺った話では「イレネー記念とばんえい記念(3月23日)は両方勝つつもりで帯広に出かける予定でいる」とのことであった。

 確かにそう言われても無理な話ではない。ハクタイホウはその時点で19戦10勝をマークしており、2着4回、3着4回と出走した大半のレースで馬券に絡む勝負強さを発揮している。前走は1週間前の3月2日。3歳A-1クラスで1番人気に応えて優勝しており、好調のまま本番に臨んできた。

 10頭中8頭までが前走で一緒に戦ったメンバーということから、すでにある程度勝負付けが済んでいると判断され、ハクタイホウは単勝1.8倍の1番人気に支持された。

 今、ばんえい競馬は昼間開催となっているが、第1レースは午後1時05分の発走で、メインの「イレネー記念」は第10レース、午後6時05分のスタートだ。

 午後6時ともなればこの時期では実質的にナイター競馬になるが、昨年6月以降、帯広競馬場でも中央競馬の開催に合わせ場外発売を実施していることから、中央ファンを取り込み時間をずらしてメインレースを行なう作戦なのである。その効果がどれほど表れているかははっきり分からないものの、このところばんえい競馬は売り上げが悪くない。そのため、イレネー記念も、昨年90万円だった1着賞金が増額されて今年は110万円となったほどだ。

 日中は晴れていてこの時期としては割に過ごしやすかったものの、やはり日が落ちると気温が急降下してくる。パドックにイレネー記念の出走各馬が登場してきた頃にはずいぶん寒くなった。10頭がパドックを周回し、それぞれ騎手を乗せてスタート位置まで移動する。寒いせいか、パドックを囲むファンはそれほど多くない。

 午後6時05分にファンファーレが鳴り響き、イレネー記念がスタートした。ゴール前に陣取っていると、障害に遮られて馬たちの姿は見えないものの、橇を曳く音や場内の歓声だけは聞こえる。第2障害の手前で各馬が一度立ち止まり息を整えるあたりでようやく耳や顔だけが見えてくる。

 いち早く第2障害を登り始めたのは4番ホクショウマサルと10番ブラックニセイであった。やや遅れて3番ハクタイホウが坂に挑む。最初に第2障害をクリアして坂を下ってきたのはホクショウマサルだ。

 1番人気のハクタイホウも負けじとばかりにホクショウマサルを追撃する。他馬はやや差があり、だいたいこの2頭で決まるかと思われた時、ゴール前数メートル地点で先行した両馬が立ち止まってしまった。平地競馬とはこういう部分が決定的に異なり、ばんえいの場合は障害越えの場面でなくとも途中で馬が休んでしまうことがある。

 先行2騎が立ち止まっている間に、怒涛の追い込みを見せたのが6番キサラキクで、やや遅れて第2障害を下りてくるや否や、そのまま止まらずに一気にホクショウマサルとハクタイホウを交わしてゴール板間際まで行ってしまった。

イレネー記念

イレネー記念ゴール前

 キサラキクはブービー人気の牝馬で、もしそのままゴールしてしまえばとんでもない大波乱の結果になるところであった。しかし、後わずか数十センチのところでキサラキクも突然立ち止まってしまい、一息ついている間に態勢を整えたホクショウマサルが再度動き始めて一気にゴールイン。少し遅れてハクタイホウも2着でゴールした。

 ほとんど優勝を手中にしていながら、残りほんのわずかのところで止まってしまったキサラキクが3着になり、三連単は257倍もの高配当となった。

 勝ったホクショウマサルは3歳牡鹿毛。これで通算成績を24戦6勝とした。重賞初制覇。阿部武騎手、坂本東一厩舎のコンビで、馬主は井内昭夫氏。豊頃町の門志美氏生産。

イレネー口取り

イレネー記念口取り

 見ている分には白熱した面白いレースだったものの、ばんえい競馬の場合は言うまでもなく牽引している橇の最後尾がゴール板を通過していなければならない。ひょっとしたらキサラキクは、「ここまで来たらもう重たい橇を曳かなくても良いだろう」と自分で判断してレースを止めてしまったのではないのか。そんな気がしてくるほどの味のあるレースであった。

 なお来る3月23日には年度末の大一番である「ばんえい記念」が行われる。この日だけは帯広に行く予定という熱烈なファンが全国各地から集結する。もちろん私も現地でささやかな額の馬券を買い、1トンを曳く馬たちを応援しようと思っている。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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