「己を知る」こと

2014年03月20日(木) 12:00


◆データにあらわれない「遅咲き」

 こう乗ってみたいと思っていたレースが出来たと、武豊騎手は語っていた。天性のスピードが持ち味のベルカントは、スタートして直ぐトップスピードに入ってしまう幼さが欠点で、今後のことを考えると、どれだけリラックスして走れるかが課題だった。ひと冬越したこの3ヶ月でこの点を克服、力むことなく走れる姿を見せてくれたのだ。

「己を知る」ことに集中し、粗削りな面が克服されたとなれば、「彼を知り己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」の孫子の説いた世界が見えてくる。主観的で一面的な判断を戒めたとも言われてきたが、競馬に結びつけると分かりやすい。大事なクラシックレースを目前にして、待ったなしの日々に入っているが、若駒はどうしてもテンションが上がりすぎることが多い。メンコをつけたりはずしたり、けいこで工夫をこらすものもあるが、そのいずれもが自分との戦いなのだ。人は得てして「彼を知る」ことばかりに夢中になって、それ以前の「己を知る」ことを怠ってしまう。今までこういう日々が多かったと、つくづく反省するのだが、気がついたら改める、これしかない。2011年に他界したサクラバクシンオーが21歳のときの産駒ベルカントが、これからどんな馬に成長していくか、一歩前進したことで楽しみはふくらんだ。

 今はなにかを始めるとなると、事前調査に余念がなく、それが常識になっていると言ってもいい。データは多いほどよく、マーケットリサーチなる言葉が大きな顔をしている。果たして、それだけだろうか。ここでも、競馬がしっかり説明してくれる。かつて、春二冠を制したメイショウサムソンは、スプリングSでは4番人気だった。フサイチリシャール、ドリームパスポートにそれまでの戦いで負け続けていたから仕方ないが、道悪を苦にしないパワー、持続力、接戦に強いところなど、使われながらぐんぐん良さを出し、世代の頂点に上りつめたのだった。奥手、遅咲き、これらは、データにはあらわれて来ない。

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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