「観えないものを観る」こと

2014年04月03日(木) 12:00


◆コパノリチャードの高松宮記念勝利に思う

 通り一遍でなく観えないものを観る、こうでなければクリアできないのが競馬のレース予測だ。高松宮記念を勝ったコパノリチャード、阪急杯を4馬身差でものにした勢いはあったが、初の1200mの戦い方をどうするか観えていないところだった。ところが当日は不良馬場、前日からの雨で水が浮くほどの力のいるコンディションで、パワー勝負になるというのが最大のポイントになっていた。ミルコ・デムーロ騎手が、調教で乗った時も重い馬場、この時の手応えが良かったので自信を持って乗れたと語ったレース後のコメントが決め手だったような気がしている。スプリントGI戦に抱いているイメージが余りにも強く、2着のスノードラゴンだって、前走のオーシャンSが1年11ヶ月ぶりの芝で決め手を発揮していたのは分かっていても、時計の速くならないコースは合っているという見方は、希薄になっていたのではないか。その時々の情況に応じて自在に観るという心構え、本当に奥が深い。

 自在に観るといえば菩薩の存在に思いが及ぶ。「般若心経」の冒頭の部分のことば「観自在菩薩」(かんじーざいぼーさー)こそ、自在に観る菩薩という意味で、通り一遍でなく観えないものを観る、心のバランスがとれているから心に何のわだかまりもなく静かに物事を観察できると示しているのだ。とてもそこまでは無理としても、ちょっと競馬の奥深いところを観たくなってくる。

 乗り替わりで新しい面を出した日経賞2着のホッコーブレーヴ、そして毎日杯優勝のマイネルフロスト、この類の話は実に多い。

 かつて、ディープインパクトのフランス遠征に帯同し現地GII戦で2着に逃げ粘ったピカレスクコートが、テン乗りの秋山真一郎騎手で2連勝してダービー卿チャレンジTを勝ったことがあった。7番人気と評価は高くなかったが、行きたがる欠点を巧くカバーしていたのだ。どうすればいいか、通り一遍でない素晴らしい智慧を発揮して挑戦していきたい。

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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