ターフを去って12年、香川県で穏やかに暮らすヤマニンアクロ【動画有り】

2014年04月15日(火) 18:00

第二のストーリー

◆GI馬ダイタクヤマトとも共に過ごし

 テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロードの3強が活躍した1999年のクラシック戦線。その年の共同通信杯(GIII)で、10番人気ながら鮮やかに逃げ切り勝ちを収めたのがヤマニンアクロだった。重賞勝ちはその1つだけだが、東京競馬場の長い長い直線を、明るい栗毛と派手な流星を持つヤマニンアクロが先頭で走り切った姿は、多くのファンの脳裏に焼き付いていることだろう。

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▲共同通信杯で重賞制覇(撮影:下野雄規)

 ヤマニンアクロがターフを去ってから、およそ12年の月日が流れた。当時、毎週のように競馬場に通っていたファンも、当時の熱狂を忘れたかのような日々を送っているかもしれない。結婚をしたり、別れたり、就職をしたり、転職したり…。12年という歳月は、人1人の人生に変化をもたらすには十分の長さだ。

 馬にも同じことが言える。現役を引退したヤマニンアクロは、この12年の間、宮城県の乗馬クラブで乗用馬として大切にされて過ごした後、2005年5月には千葉県の佐倉ライディングクラブで引退名馬としての繋養が始まった。アクロがそのクラブにいた当時は、2000年のスプリンターズS(GI)優勝馬のダイタクヤマトも、まだ元気で暮らしていた。

 2012年12月に、静岡県のラブリーホースガーデンに移動し、香川県高松市にある乗馬クラブスタリオンステーブルにアクロがやって来たのは、昨年3月のことだった。

◆ヤンチャ坊主もいまは…

 香川県の高松空港から10分ほど車を走らせた所に、ヤマニンアクロが暮らす「乗馬クラブ スタリオンステーブル」がある。

 真っ先に出迎えてくれた真っ黒なラブラドール・レトリバー、ラブちゃんの後を追って行き着いた先には、当クラブ代表の安田一彦さんが待っていた。早速、アクロのもとに案内してもらう。

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▲ラブラドール・レトリバーのラブちゃん

 明るい栗毛の馬体と派手な流星は健在だった。表情はおっとりとしていて、動きもゆったりしている。アクロが競走馬時代に所属していた萩原清厩舎の当時調教助手だった大竹正博調教師からは「ヤンチャで苦労した」と聞いていたのだが、現在のアクロは「ヤンチャ」という形容からは、およそ程遠い。

 馬装をするために繋がれている時も、ジタバタする様子もなくジーッとしている。訪ねて来たファンが若かりし頃のアクロの写真を見せると、まるで自分が写っているとわかっているかのように、興味深げに覗き込んでしばし見つめている。その姿がまた愛らしかった。

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▲自分の若かりし日の写真を覗き込むアクロ

「知り合いからとても大人しい馬がいるからどうかと打診をされたのが、ヤマニンアクロでした。実は僕が以前乗っていた馬が、アクロと同じヤマニンスキー産駒だったんですよね。ラ・シューフという名前で、全日本の大障害でも活躍してくれました。その馬には本当に良い思いをさせてもらいましたから、同じヤマニンスキー産駒で、栗毛で大柄というところも似ているアクロを引き取ることにしました」(安田さん)

 やがてアクロは、クラブのスタッフを背に馬場に出てきた。現役時代は500キロ台の馬体重で走っていた大柄なアクロ。その駈歩は雄大で、動きには柔らか味があり、クロス障害も難なく飛び越えた。

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「賢い馬で、踏歩変換(駈歩の時などに手前の左右を入れ替えること)もすぐに覚えました。乗り手の技術にも合わせてくれますし、言うことないですよ。大人しくて、性格も優しいですし、暴れたりもしないですから。まあ例えて言うなら、昼行灯(笑)。僕は最高の褒め言葉だと思っているんですけどね」、アクロの話をする時の安田さんは、とても楽しそうだ。

◆馬にとっての幸せとは

 移動して来た当初は、左後肢にフレグモーネを患っていてパンパンに腫れていた上に、体も痩せ気味だった。およそ1年が経過した現在は、脚の腫れもだいぶおさまり、体調も非常に良いという。

「18歳と年齢も重ねてきましたし、現役や若い頃のような体になるのは難しいとは思いますけど、乗用馬としての体型や運動能力を維持させてあげたいです。引退名馬として助成金を受けていますので、一般の方には乗っては頂けませんが、クラブスタッフが騎乗したり、ウォーキングマシンでトレーニングをしていきたいと考えています。人を背に走ったり、障害を飛ぶなどのさまざまな運動をやることによって、馬としての寿命が長くなるのではないかと思いますね」(安田さん)

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▲余生をのんびり送るための馬房と放牧地、馬房から自由に出入りができるという

 役割があり、誰かに必要とされてこそ、生き生きと過ごせる。人間の場合も定年を迎えた途端、ガクッと来るとよく聞くが、馬にもそれと同じことが言えるのかもしれない。

 ひとしきり運動が終わって、放牧地に出てからのアクロは、時折ひょうきんな表情を見せて、終始リラックスした様子だった。

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 馬にとっての幸せとは何だろう? 常々自分に問いかけてきたが、人に必要とされて、かつゆったりと過ごす時間がある…アクロの暮らし振りを聞き、穏やかな表情を目の前にして、これも1つの幸せの形なのだと実感した。

(取材・文・撮影:佐々木祥恵)

■ヤマニンアクロは見学可です。クラブのホームページは以下の通り。

http://www.stallion-stable.jp/

■引退名馬ヤマニンアクロのページは以下の通り。

http://meiba.jp/horses/view/1996105712

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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