2014年05月03日(土) 12:00
◆頭を使ってプレーすることができる後藤騎手
今週の天皇賞・春に出走するウインバリアシオン。そして、先週のマイラーズカップを勝ったワールドエース。これら2頭は、「不治の病」と言われる屈腱炎を克服し、かつてと同じかそれ以上のパフォーマンスを見せている。
非常に勇気づけられるし、「不治の病から超回復した」となると、そのプロセスで効力を発揮した獣医学の進歩や、脚元のアイシングなどホースマンによる日々のケアにも多くの人々の目が向けられる。
最近、武豊騎手に対してもよく使われる言葉だが、「復活」というのは、実にいいものだ。その過程に見える力の持ち方や発揮のし方は、まったく別の仕事をしている私たちにもヒントになるし、いい物語を目にしたときと同じく、心身の滋養になる。
先週日曜日の落馬負傷で心配された後藤浩輝騎手が、まだ腕にしびれが残り、力が入らない状態ではあるものの、歩くことができ、復帰に向けて前向きな気持ちになっていることを知って、心から嬉しく思った。
その件に関してはほかの連載コラムに思うところを記したので、ここでは簡単にふれるだけにしたい。正直、胸のなかで煮えたぎるものを抑えて書くのは大変だったが、今は、抑えてよかったと思っているし、ふつふつしていたものも、意識して抑えなくても鎮まっている。
ひとつだけ加えておきたい。 走行妨害をした岩田康誠騎手を責めることによって何かが解決するなら責めたかもしれない。しかし、確かなのは、彼を責めれば責めるほど、自分を含めて不幸になる人が増える、ということだ。加害者がさらに責められ、その競技のルールにのっとった罰則以上のものを負わされるべき出来事に巻き込まれたと考えると、被害を受けた後藤騎手までも苦しくなってしまう。
あれは、岩田騎手のミスだ。 ミスをしないアスリートなどいない。
ほかの騎手のミスという不可抗力に起因する事故での負傷である(これを「騎手という職業にはつきもの」と言うつもりはもちろんないが)、と考えれば、後藤騎手本人も、私たちファンも、歪んだ感情を抜きにして受け入れ、前を向くことができる。
ここまでを読み返し、我ながら当たり前のことを書いているだけだと思ったが、そんなことさえ忘れさせてしまうほど、恐ろしい落馬シーンだった。
これは何度でも繰り返す。もうあんなシーンは見たくない。
後藤騎手は読書家で、情報を探るアンテナが高感度で、キャッチする範囲も広く、競馬という競技を、スポーツ全般において、また、エンタテインメント全般において見ることができる、稀有な存在だ。もともと、レース中の自身を俯瞰して見る能力があり、だからこそあれだけの成績をおさめてきたわけだが、その目をさらに養う機会としてこの休養をとらえ、超回復した姿を見せてほしい。
私は、彼や、武豊騎手のように、頭を使ってプレーする競技者が好きだ。正確にいうと、頭をどんなふうに使っているかがわかるプレーを見せてくれる競技者、である。
今年の春天で、武騎手は、おそらく、2つか3つの大きなテーマを持ち、それをどうクリアするか、外から見る私たちにも伝わる競馬をするだろう。ひとつは、コースを1周半する競馬が初めてのキズナがここを勝負どころだと勘違いしないよう、1周目の坂をいかにゆっくり下るか。もうひとつは、14番枠からどのように内にもぐり込むか。そして、終盤のどこからスパートするか。
自分に言い聞かせていることがあるとしたら、「シンプルに考えよう」ということだと思う。だから、ひょっとしたら、「序盤はゆっくり行って、後半スパートする」としか考えない、というか、考えないようにしているかもしれない。 いずれにしても、楽しみである。
後藤騎手の復帰も、「楽しみ」という言葉を普通に使えるようになって、本当によかった。
見た目のとおり、彼の体はまだ十分に若いので、復帰も早いはずだ。いや、急かすようなことを言ってはいけない。焦るのは気持ちだけにして、その焦りをエネルギーに転化して、じっくり治してほしい。
彼の復活を信じている。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所