重賞3勝のダイタクバートラム「本当にいいヤツなんです」

2015年02月03日(火) 18:01

第二のストーリー

▲今週登場するのは、重賞3勝のダイタクバートラム

放牧地の隅に行ってはサク癖

(つづき)

 馬にはそれぞれ個性がある。ホーストラスト北海道のマネージャー酒井政明さんの話す馬たちのストーリーを聞いていると、そこに暮らす馬たちの個性的な素顔を、その場で実際に見てきたかのように想像できる。ダイタクバートラム(セン17)も、その中の1頭だった。

 ダイタクバートラムがホーストラストにやって来たのは、2012年8月2日。およそ2年半前のことだ。競走馬時代は2003年の阪神大賞典(GII)、2004年の北九州記念(GIII)、ステイヤーズS(GII)の重賞3勝を含めて36戦8勝の成績を残し、引退後は2006年日高スタリオンステーションで種牡馬入りした。半兄には重賞5勝で種牡馬となっているダイタクリーヴァ(牡18)がいる。

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▲現役時代のダイタクバートラム、重賞ウイナーらしい凛々しい表情

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▲阪神大賞典優勝時のダイタクバートラム

 初年度は20頭の種付けをしたものの、以後は1桁(2006年の11頭を除く)が続き、2011年2月には十勝軽種馬農協種馬所に移動した。しかし新天地では1シーズンのみで、約5年に渡った種牡馬生活にピリオドが打たれた。その後、ダイタクバートラムは去勢手術を施され、前述した通りにホーストラスト北海道にやって来たのだった。

「去勢してすぐでしたし、種馬をやっていたこともあって、来た時はすごくうるさかったです。牡馬特有の激しさと言うんですかねえ、牝馬を見ると鳴いたりして元気でしたね」(酒井さん)

 手入れもホーストラストのスタッフでは手に負えず、落ち着くまでは酒井さんが行っていたほどだ。「他の馬がケガをしても困りますし、当初は牝馬以外で騒がしくない馬3〜4頭と一緒に放牧していました。ウチには2、3か月で慣れてきましたけど、翌年の3月くらいまでは結構うるさかったですね」(酒井さん)

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▲種牡馬生活を経てホーストラスト北海道にやってきたダイタクバートラム

 新しい環境に徐々に慣れてくると、今度はサク癖をし出した。「広い放牧地の隅っこの方に行って、牧柵でサク癖をやっているんですよ」(酒井さん)

 サク癖とは、馬栓棒などに押しつけた上の歯を支点にして、顎に力を入れて空気を飲み込む動作で、飲み込んだ空気が腸にたまって疝痛を起こしやすくなると言われている。「首につけるサク癖防止バンドもありますが、人工物はなるべく使わず自然な状態にしてあります。バートラムも時折疝痛になりましたが、今はほとんどしなくなりましたよ」(酒井さん)

 現役の競走馬たちを取材していると、かなりの確率でサク癖をしている馬に出会う。毎日の調教、レースでの緊張、狭い馬房で長時間過ごす…など、競走馬生活は楽なものではないと感じる。競走馬の胃潰瘍の罹患率はおよそ85%というデータから推察しても、強いストレスにさらされながら生きているのは間違いなさそうだ。

 サク癖以外にも、左右にゆらゆら揺れる熊癖(ゆうへき・俗称は舟ゆすり)や、馬房内でグルグル回る旋回癖など、退屈やストレスから来るであろう癖を持つ馬もいる。トレセンでサク癖に代表される悪癖と言われる癖を持つ馬を目にするたびに、調教の合間に放牧地でのんびり過ごす時間があれば違うのではないかと、つい素人考えをしてしまう。

 バートラムのサク癖も、競走馬時代は既に行っていただろうことは想像に難くない。自由に放牧地を歩き回り、好きな時に草を食むストレスフリーの毎日を過ごしているはずなのに、放牧地の隅に行ってはなおもサク癖をしているというバートラム。現役時代のストレスを引きずっているようで胸も痛むが、酒井さんは「それも今のバートラムにとっては自然な状態なんですよね。この馬の個性だと思っています」と、至って大らかだ。

 酒井さんの大らかさは、電話口からも伝わってくる。人間の気持ちに敏感で繊細な馬たちにとって、酒井さんの持つ「大らかさ」は「安心感」にも繋がっていると確信する。

馬たちの複雑な相関図

 今年でホーストラストでの生活も4年目に入った同馬だが、ポートブライアンズ同様、放牧地に1頭でいることがほとんどだという。そして放牧地の隅でサク癖をするという日々を相変わらず送っている。

「パリスハーリーとよく一緒にいたベルクノイエスの後をついて歩いていた時期があったんです。ベルクの持つ空気が良いんでしょうね。それで仲良くしているのかなと思ったのですが、ベルクにしてみたらついて来られるのが嫌だったみたいなんです。それである日、ベルクがバートラムの後ろ脚を蹴ったんですよね」(酒井さん)

 馬にも人間と同じように、相性や好き嫌いがある。気の毒ではあるが、バートラムは手厳しくベルクノイエスの拒否に遭ってしまったようだ。蹴られた後ろ脚は腫れ、治療を余儀なくされた。約2か月間の馬房生活を送ったのちに放牧地へと戻ったバートラムは、蹴られたのがよほど懲りたのか、もっぱら1頭で過ごすようになった。

「最初は可哀想だなと思ったのですが、去勢してからしばらくして驚くほど落ち着きましたし、どうやら1頭でのんびりしているのが好きなようですね」(酒井さん)

 バートラムと同じ放牧地には、前回登場したポートブライアンズ、アドマイヤチャンプ、真っ白なディアーナ、ブリック、エイシンキャメロンらがいるのだが、それらの馬たちが放牧地を移動し、それについて行かずに取り残されたバートラムとポートブライアンズが、一緒に草を食べているシーンもあるようだ。1頭でいる者同士、わかり合える部分もあるのかもしれないが、常に一緒に行動しているわけではないというから、馬同士の関係はおもしろい。

 ちなみにバートラムのグループのボスは、重賞2勝のエイシンキャメロン(セン19)だそうだ。「一番後から来て、一気にボスになりました(笑)」(酒井さん)。ちなみに別の放牧地にいるグループのボスは、京成杯AH(GIII)2連覇含めて重賞3勝のマイネルモルゲン(セン15)だ。「モルゲンは、言葉は悪いですけど馬同士ではチンピラみたいな馬です(笑)。人には良いんですけどねえ(笑)」(酒井さん)

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▲いよいよ放牧へ!まずは先住馬たちへのご挨拶

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▲群れのボス・マイネルモルゲンへもドキドキのご挨拶

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▲無事に挨拶を済ませてホッとひといきのダイタクバートラム

 当然、群れの中で1番強い馬がボスになるのだろうが、馬の強い、弱いがどこで決まるのかに非常に興味がある。どちらのグループも重賞勝ち馬がボスになっているが、ポートブライアンズもダイタクバートラムも重賞ホルダーという事実を考えると、競走馬として強かったかどうかはあまり関係ないようにも思える。馬語がわかれば、馬たちの相関図もより鮮明になるのにと、少しじれったい。

 馬と群れず1頭を好むバートラムだが、来客者には愛想が良い。

「お客さんが来ると人参がもらえるかと思って近づいてくるので、すごく可愛いと言ってもらえるんです。それでこの馬はダイタクバートラムですよと教えてあげると、ビックリされますね。あれだけ頑張って走ってきた馬なのに、可愛い顔をしてわりとポーッとしているからだと思うんですけど。その表情は『穏やか』という言葉が正にピッタリです」(酒井さん)

 酒井さんは、取材中何度もバートラムの顔の可愛さを強調し「普段は怒らないですし、かと言ってすごく懐いてくることもない。不思議な馬ですね。猫みたいな性格なのでしょうね。でも本当にいいヤツなんです」と、バートラムを評した。

 3000mの阪神大賞典を勝ち、春の天皇賞では3着に敗れはしたが、1番人気に推されていた。翌年の夏には1800mの北九州記念でレコードタイムを叩き出し、その3戦後には3600mのステイヤーズSに優勝している。同馬の成績を改めて振り返ると、スピードとスタミナを兼ね備えた素晴らしい馬だったと記憶が甦ってきた。

「本当に頑張りましたよね。この馬のファンの方は、春の天皇賞は直線で不利を受けて運がなかったと仰っていました。でももし天皇賞を勝っていたら、バートラムはウチには来なかったと思うんです。それを考えると、馬は本当に縁ですよね。そして縁あってホーストラストにやって来て知り合えた馬たちは、バートラムはもちろん、みんな可愛いんですよ」

 酒井さんの声が優しく響いた。「放牧地に白樺の木があるのですが、1本は半分斜めに倒してあり、もう1本は完全に倒してそれをかじっています(笑)。白樺を倒してはかじるのが、バートラムの楽しみなんでしょうね(笑)」(酒井さん)

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▲ダイタクバートラムの趣味は白樺かじり!?

 ストレスにさらされた過酷な競走馬時代を生き抜いて、重賞という勲章を3つ手中に収めたものの、残念ながら種牡馬として大成はできなかった。けれどもダイタクバートラムは今、北の大地で自分らしく穏やかに生きている。

(取材・文:佐々木祥恵、牧場写真提供:ホーストラスト北海道)


NPO法人 ホーストラスト北海道

〒045-0024
北海道岩内郡岩内町字野束463番地の1
TEL:0135-62-3686
FAX:0135-62-3684

見学期間 3〜4月以外見学可(8月10日〜20日は不可)
見学時間 夏期10:00〜15:00、冬期13:00〜15:00

※訪問する際には必ず事前連絡をしてください。

ホーストラスト北海道HP

http://www.horse-trust.jp/hokkaido.html

ホーストラスト北海道facebook

https://www.facebook.com/horsetrusthokkaido

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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