2015年02月23日(月) 18:01 35
「やっちまったって、何をだ」
伊次郎が訊くと、厩務員の宇野が目をしばたたかせた。
「おれが曳いてたトクマルが、川上厩舎のディープ産駒を蹴っちまって……」
――よりによって、嫌なヤツの馬を。
いつも皮肉な笑みを浮かべた川上の顔が浮かんだ。
「相手の怪我は?」
「よ、よくわかんねえ」
「歩様は」
「どうだろう。普通に歩いてたけど……」
ならば問題ないだろう。
「トクマルはどうした」
「センさんに口を持ってもらってる」
「え!?」
そっちのほうが危ないと思った。・・・
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆~走れ奇跡の子馬』。
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