謙虚な心とは

2015年03月12日(木) 12:00


成長を見せたココロノアイ

 何かの壁にぶつかったとき、それを自分に与えられた尊い試練と受けとめられるだろうか。漱石の「吾輩は猫である」にこんなくだりがある。「人間は利口のようだが、習慣に迷って、根本を忘れるという大弱点がある」と。逆境に立ったとき、どんな行動をとるかは様々だが、普通やるのが神頼み、それから神も仏もないといってあきらめること。ちょっと達観すれば、禍福はあざなえるナワのようなものと受けとめる。そして、激しく抗議するときもある。諦念、達観、抗議と三様の反応がある中、生き抜く根本となる謙虚な心こそ、本当は強靭な力となっていることを忘れていることが多い。もちろん、反省の思いで述べるのだが、謙虚な心とは境涯に素直に生きることであり、しっかり受けとめなさいという教えなのだ。

 クラシック戦線、それぞれの陣営には、順境もあれば逆境もおとずれる。いずれの立場にあろうとも、あるがままを素直に受けとめることで、順調に伸びて強さを身につけたり、聡明に対処して弱点をカバーできたりしていける。チューリップ賞を勝ったココロノアイは、気の強さから暴走気味に引っ掛かったりするところを優しく受け入れてあげ、レースでは横山典騎手が返し馬から注文がなかったと言うほどに成長を見せていた。本番に向け、これでキチンとやるべきことは見えている。弥生賞を勝ったサトノクラウンは、前走で枠内駐立不良のためゲート再審査を課せられたが、この日はゲート内で落ち着いていてスタートもスムーズだった。これで福永騎手も、イメージ通り進められたと語っていたが、3戦全勝で皐月賞に向かうにあたり、こちらもやるべきことは見えている。

 これら順境を尊く受けとめる側に対し、追う側にも逆境を尊く受けとめ、強く聡明に立ち向う道がある。本番での勝敗はともかく、そこまでの過程をじっと見守り、「根本を忘れるな」を学びたい。かつて、中山牝馬Sで5馬身差をつけレコード勝ちしたダイヤモンドビコーは、3才時ローズSを勝ちながら秋華賞には向かわなかった。長距離輸送が続いたための回避だったが、これがこの快速に結びついたのは言うまでもない。

◎ダイヤモンドビコーが完勝した中山牝馬S動画はコチラ

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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