2015年05月12日(火) 18:01
▲ギンゲイと乗馬クラブアイル代表の米谷朋子さん
(つづき)
2005年5月21日、北海道新冠町の長濱忠さんの牧場に1頭の芦毛の男の子が誕生した。父ニューイングランド、母キョウワスピカ。その父は怪物オグリキャップ。つまり芦毛のその男の子は、オグリキャップの孫にあたる。
その芦毛馬は翌年のサマーセールで売れ残り、オータムセールでは105万円の値で競り落とされた。まだグレーだったその馬体から連想したと思われる、ギンゲイ(銀鯨)という馬名が付けられ、美浦の岩戸孝樹厩舎から2007年6月に福島でデビューした。初戦は5着と敗れたが、舞台を函館に移した2戦目に横山典弘騎手が騎乗して初勝利を挙げた。続く東京競馬場の500万下でも1着となり、2連勝で朝日杯FS(GI・16着)にも駒を進めている。
デビューからずっと芝で走ってきた同馬は、3歳夏の札幌で初めてダートのレース(1000万下)に挑戦した。この時は12着とシンガリに敗れたが、初めて同馬に跨った丸田恭介騎手は、ギンゲイが中央競馬で走った32戦中、最多の8戦に騎乗することとなる。
「ノリさん(横山典弘騎手)が騎乗して2連勝した時に乗ってみたいと思っていたので、ギンゲイに騎乗できたのはとても嬉しかったです」と丸田騎手は当時を振り返る。
▲ギンゲイ&丸田恭介騎手のコンビ初戦、残念ながら殿の12着だった
「すごく真面目な馬でしたね。前半に行きすぎずに、脚をためる競馬をした方が持ち味が生きるタイプでした」(丸田騎手)
3歳時は勝ち星を挙げられなかったギンゲイだが、クラスが500万下に下がった4歳夏の札幌の手稲山特別で、久々の勝利を味わった。丸田騎手は「この時は馬群が窮屈過ぎて、最後1頭分開いたその一瞬に反応して、ガーッと伸びて勝ってくれたんです」と、まるで昨日のことのように6年前のレースについて話した。
デビューした2007年は3勝と、勝利を重ねる同期に遅れを取っていた丸田騎手だが、2年目には31勝、3年目には48勝と大きく飛躍を遂げている。ギンゲイに騎乗した8戦のうち7戦がこの2年間に集中していることもあり、丸田騎手にとっても思い入れが深い1頭のようだ。
「馬群で我慢すると、最後は脚を使ってくれるということを教えてくれた馬です。本当に勉強をさせてもらいました。気の悪いところがなくて、とても良い子でしたよ」と、中央時代よりも白さを増した現在のギンゲイの写真を、丸田騎手は懐かしそうに眺めた。
2011年8月の札幌のレースを最後に、ギンゲイは道営競馬の堂山芳則厩舎に移籍する。だがレース中のトラブルで左目に怪我を負い、手術が施されたものの、左目の視力は失われてしまった。
それでもギンゲイは現役で走り続けた。道営では12戦して1勝もできないまま、2013年秋に高知競馬の打越勇児厩舎へと移った。移籍初戦にギンゲイの手綱を取ったのが、落馬事故で左目を失明した宮川実騎手だったというのも、不思議な縁を感じる。左目の光を失った者同士、何か通じるものがあったのだろうか。ギンゲイは移籍初戦で勝利を収める。
8歳、9歳と年を重ね、高知競馬での勝ち星も6つになっていた。中央、道営、高知と走り続けるギンゲイには、熱心なファンがついていた。オグリキャップの孫だからと応援をし始めた人、ギンゲイという名前に惹かれた人、左目が見えないながらも、懸命に走る姿に心を打たれた人もいただろう。
ファンの気持ちは、いつしかギンゲイの引退後に向けられていった。そしてその気持ちが1つになり、第二の馬生を見守る「ギンゲイ号サポート会」の発足へとつながり、受け入れ先も埼玉県入間郡越生町の乗馬クラブアイルに決まった。
2015年、10歳になったギンゲイは、1月11日の競馬で5着になった後、1月21日に引退レースを迎えた。鞍上には主戦の宮川実騎手。万全の態勢で送り出した打越勇児調教師と厩舎スタッフ、そしてたくさんのファンが見守る中、終始先頭でレースを進めたギンゲイは、後続に影を踏ませることなく、2着のウィザードブラストに2馬身半の差をつけ、見事に競走馬としての有終の美を飾った。ギンゲイを応援し支援したいというたくさんの人々の気持ちを、ギンゲイ自身が理解してそれに応えたかのような、感動的なラストランであった。
ギンゲイが、第二の馬生を過ごす乗馬クラブアイルに到着したのは、1月30日の午前3時過ぎだった。
「netkeibaの掲示板でも、ギンゲイの引退レースを応援してくれたり、長距離輸送の無事を祈る書き込みをして下さる方がいて、本当に嬉しかったですね」と乗馬クラブアイル代表の米谷朋子さん。
高知競馬場から埼玉県までの輸送費のカンパについて「フナバシボンバー」(文末の※を参照ください)のフェイスブックで告知されると、それに呼応するようにnetkeibaの掲示板等でも広まっていき、ギンゲイを支援しようという輪が広がっていった。そして前述した「ギンゲイ号サポート会」が2月に発足し、1か月につき1口1000円で会員を募り始めた。
乗馬クラブアイルでギンゲイに対面したのは、5月1日だった。高知から移動してきて3か月が経つが、以前からこの地にいるかのような落ち着きがある。
「ウチに来た時から、すっかり乗馬でしたよ」と米谷さん。「大人しいので、しばらく去勢はしないで様子を見ようと思っています。素直で、口向きが柔らかくて、綺麗な首差しをしていますよ」と褒め言葉しか出てこない。洗い場に繋がれたギンゲイの動画を撮影しようとするが、銅像のように動かない。すると米谷さんが「この耳の裏の模様がネコヤナギみたいで好きなんですよ」と、ギンゲイの右耳を前に倒して見せてくれた。
耳に触れられると嫌がる馬が多いが、ギンゲイは「耳ぎょうざー」と米谷さんに両耳を前に倒されても、微動だにしない。「おでこにお尻とか言ってるんですよー(笑)」と、米谷さんがギンゲイの前髪を上げて、発達したおでこの筋肉を出してもまるで動かない。ギンゲイの顔を覗き込んでも、別に迷惑がっている様子にも見えないし、カメラを向けても平然としている。
するとギンゲイの後ろ脚が心なしか、広がった。米谷さんがすぐにバケツを差し出す。差し出したバケツの中に、ギンゲイは用を足した。米谷さんがそうしつけをしたわけではないという。どこで覚えたのかは不明だが、その賢さに思わず唸ってしまった。咄嗟の出来事に反応できず、動画に撮影できなかったのが心残りだ。
▲耳に触れられても動じないギンゲイ
▲まるでネコヤナギのような模様の耳
▲ギンゲイの発達したおでこの筋肉
▲後ろ脚を開いて“出そうだよ”の合図
ギンゲイが馬房に戻ると、その向かい馬房にいた芦毛馬の視線が気になった。プレートには「HANA」(牝22)と書いてある。「ここができた時からいた馬で、ウチの基礎を作ってくれたんですよ。競走馬時代はカゴヤエビスという名前で走っていました。今、ギンゲイに注目が集まっているので、焼きもちを妬いているのよね、ハナちゃん」と米谷さんは真っ白なHANAに話しかけた。
米谷さんは、次々と馬たちのエピソードを楽しそうに教えてくれる。
「この子は尽くす子なんですよ。誰が乗ってもよく言うことをきいて、何でもやってくれるんです。でも時々、何か言いたいことが出てくるんでしょうね。夜、馬房掃除に中にはいると、肩や頭にアゴをズーンと乗せてくるんですよ」と米谷さんが鼻面に触れたのは、ソフィア(競走名ハナソフィア・セン20)だ。
「この子は自分が1番素晴らしいと思っているんですよ(笑)」と米谷さんが顔を覗き込んだ馬は、競走馬登録はされずに乗馬となったシェラザード(牝11・父イシノサンデー 母ミラーズタイム)だ。
▲ギンゲイに焼きもちを妬いているHANA
▲人に尽くすタイプというソフィア
▲自分が1番素晴らしいと思っているシェラザード
「ギンちゃんはレースでは戦車みたいに走っていてパワー型でしたけど、乗馬としては本当に乗りやすいんですよ」と米谷さんからのお墨付きをもらったギンゲイ。見えない左目も今のところは全く気にならないようだ。アイルの仲間たちと同様に、これからたくさんの物語を紡ぎながら、そしてたくさんの人々に愛されながら、ギンゲイらしく第二の馬生を生きていくことだろう。(了)
(取材・文・写真:佐々木祥恵)
5月16日高知競馬場で、これまでギンゲイ号を支援してくれた方、及び引退の花道を作ってくれた高知競馬場への感謝の気持ちを込めて「ギンゲイ号協賛 高知競馬に感謝!特別競走」が行われます。
及びnetkeibaのギンゲイの掲示板をご覧ください。(「牧場の黒猫さん」のコメントを参照)
※ギンゲイは見学可です。なお、見学の際は事前連絡をお願いいたします。
埼玉県入間郡越生町西和田739-1
電話 フリーダイアル 0120-007-550
※文中に出てきた「フナバシボンバー」facebook
フナバシボンバー(牡):2005年に中央競馬でデビューし、その翌年に高知競馬に移籍。「べー」と舌を出すことが特技のボンバーの余生を応援するフナバシボンバー「幸せのベー♪」の会が発足し、引き受け先も決まって、4月には新天地に移動することになっていた矢先、2014年3月27日に急性肺炎で亡くなる。享年11歳。通算成績235戦5勝。
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佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。
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