2015年08月29日(土) 12:00
武豊騎手が先週ベルカントで北九州記念を勝ち、前人未到のJRA重賞300勝に王手をかけた。今週のキーンランドカップで騎乗するサクラアドニスは人気薄だが、札幌芝1200メートルでは3年前の1000万下で3、2着とまずまずの走りをしている。出走する限りはチャンスがあるわけだから、偉業達成を期待しながらレースを見たい。
と、今「前人未到のJRA重賞300勝」と書いたが、ベルカントで挙げた299勝目はもちろん、ずいぶん前から彼は「前人未到」の領域に踏み込んでいた。
重賞勝利のみならず、先週終了時でマークしているJRA通算3745勝も、一昨年トーセンラーでマイルチャンピオンシップを勝って達成したGI100勝も……言ってみれば、彼の足跡のほとんどが前人未到の領域に印されている、というわけだ。
1987年3月にデビューして以来、騎手というのはこういうもの――小柄で、職人気質で、気難しくて、どのくらい勝って、いくら稼いで、何歳ぐらいまで活躍し――という既存の平均像やイメージを壊しつづけて今に至る。
今年デビュー29年目、46歳になった。
私が直接話すようになったのは90年の春だから25年前なのだが、あのころから、彼はあまり変わっていない。
それはもちろん進歩がないという意味ではなく、逆に、「昨日よりいい騎手の武豊でありたい」と思っているところが20代のころのままだから、変わっていないように感じるのだろう。
「やっていることは同じですから」
以前、「変わらないね」という話になったとき、彼は言った。確かに、今もデビュー当初も「馬に乗って競走する」という同じことをやっているのだから、それほど変わらなくて当然、ということか。
「20歳の武豊」と「46歳の武豊」だけをピックアップして比較すると、騎乗技術も、馬や競馬に対する見方も、プロ意識も、プライドの持ち方も当然同じではないだろう。が、それは「積み重なった結果のもの」であって、連続性があるかないかという視点から見ると(あるいは、彼を芸術品に見立てると、作風は)、間違いなく「変わっていない」。
と、まあ、あれこれ書いたが、要は、人を惹きつける「武豊らしさ」が変わっていない、ということに尽きる。
何を美しいと感じるかは主観によるが、彼の騎乗フォームには、馬への負担を極限まで小さくしようとするとこうなる――と理詰めで解説できる「機能美」がある。
華麗さや鮮やかさも評価基準は主観によるが、それでも、キズナのダービーや、トーセンラーで勝ったマイルチャンピオンシップの直線などには、ほかの騎手にはマネのできない、ある意味絶対的な鮮やかさと華やかさがあった。
「武豊らしい勝ち方」は華やかなものばかりではなく、スーパークリークやメジロマックイーン、そしてディープインパクトといった王者とともにやってみせた、「圧倒的な力で支配する強さ」を、見る者の胸にドーンと響かせながら誇示する、というものがある。
ほかの騎手が乗って、次走で自分が乗ることが決まっているときなど、彼は「圧勝してバトンをわたしてほしい」と言う。
自分でも「この馬は強い!」と思って乗りたいからだという。
「1番人気の馬に乗って勝ちたい」という心境に近いのかもしれないが、それ以上に、強さを信じることによって、さらなる強さを引き出せる――と考えている、いや、信じているからのような気がする。
信じる力を強さにする、と言うとクサいかもしれないが、それがあるから、「王者で他者を支配する」といった、周囲にある種の恐怖感を与えるようなレースのあとでも、(これまた彼らしい)爽やかさを私たちに感じさせるのではないか。
ずいぶん褒めてしまったが、残念ながら、アナログ人間の武豊騎手は、このコラムを読んでいない。それもまた変わらないところ、と言ってしまうと寂しいのだが、無理強いするわけにはいかないから仕方がない。
今週末、札幌で行われるワールドオールスタージョッキーズに彼が参戦する。海外からの招待騎手も豪華だし、地方代表も、激戦となった予選を勝ち抜いた金沢の藤田弘治騎手と、ホッカイドウ競馬で指定期間中最も多く勝った岩橋勇二騎手という猛者だけに、楽しみだ。当日は現地で観戦する。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所
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