2015年09月16日(水) 12:00 15
まず、9月12日にイギリスのドンカスターで行われたG2シャンパンS(芝7F)。
1823年創設という伝統の一戦で、20世紀前半の勝ち馬には、プリティポリー、ザテトラーク、フェアウェイ、マームードといった、名馬伝説に登場する馬たちの名が並んでいる一戦だ。ここ四半世紀に絞っても、91年のロドリゴデトリアーノ、95年のアルハレス、00年のノヴェーア、01年のドバイデスティネーション、09年のポエツヴォイス、12年のトロナード、13年のアウトストリップらが、このレースにおける勝利を礎にして飛躍し、その後G1勝利を手中にしている。
今年のシャンパンSも、こうした馬たちの足跡を辿る可能性がおおいにある馬が勝利を収めた。オッズ1.615倍という圧倒的1番人気に応えて勝利を収めたエモーションレス(牡2、父シャマーダル)が、その馬である。
ダーレーが生産しゴドルフィンが所有するエモーションレスは、01年のG1ブリーダーズCディスタフ勝ち馬アンブライドルドイレーヌの8番仔だ。本馬の8歳年上の半兄に北米でG2メドウランズCなど3重賞を制したエッチト、4歳年上の半兄にサンタアニタのG3シャムS勝ち馬アウトオヴバウンズがいる。
チャーリー・アップルビー厩舎の一員となったエモーションレスは、8月7日にニューマーケットのメイドン(芝7F)でデビュー。これを3馬身半差で制して緒戦勝ちを飾っていた。
6頭立てとなったシャンパンSでエモーショレスは、前半4~5番手を追走。残り3Fから動いて2F標識付近では、G2ヴィンテージS(芝7f)2着馬で、スタートからハナを切った2番人気(4.5倍)のイブンマリック(牡2、父レイヴンズパス)を、いつでも交わせる射程内に置く2番手に進出。残り1Fの手前で馬なりのまま先頭に立つと、そこで出た鞍上W・ビュイックのゴーサインに応えて大きなストライドで伸び、最後はイブンマリックに3.1/2馬身差をつける快勝。デビュー2連勝で重賞初制覇を飾った。
エモーションレスの次走は、10月10日にニューマーケットで行われるG1デューハーストS(芝7F)の予定。なおこの日のレース振りを受けて大手ブックメーカー各社は、来年の二千ギニーへ向けた前売りで同馬を、オッズ7~8倍の1番人気に浮上させることになった。
そのG1ヴィンセント・オブライエン・ナショナルS(芝7F)で今年、オッズ1.91倍という圧倒的1番人気に推されたエアフォースブルーとは、現在日本で走っている1勝馬シェーンメーアの半弟にあたるアメリカ産馬である。
米2歳牝馬チャンピオンのフランダースや、その産駒で米3歳牝馬チャンピオンとなったサーフサイドらと同じファミリー出身の同馬は、キーンランド・セプテンバーセールにて49万ドル(当時のレートで約5200万円)でクールモアグループに購買され、エイダン・オブライエン厩舎に入厩。今年5月24日にカラのメイドン(芝6F)を制しデビュー勝ちを飾った。
2戦目となったロイヤルアスコットのG2コヴェントリーS(芝6F)はビュラティーノ(牡2、父エクシードアンドエクセル)の2着に敗れたが、続く8月9日にカラで行われたG1フェニックスS(芝6F)を2馬身差で快勝してG1初制覇を達成。来年のクラシックを目指すトップグループを形成する1頭と目されることになった。
G1ヴィンセント・オブライエン・ナショナルSにおけるエアフォースブルーは、前半5頭立ての4番手に控え、残り500m付近から馬群外目を通って進出を開始。ほとんど馬なりのまま残り300mを切ったあたりで先頭に立つと、そこから鞍上J・オブライエンが追い出しにかかり、前走カラのG2フューチュリティS(芝7F)を勝ってここへ臨んだヘラルドザドーン(牡2、父ニューアプローチ)に3馬身差を付ける快勝で、G12連勝を果たした。
飛びが綺麗なため、Yielding(=やや重)まで悪化した馬場への対応が心配されていたエアフォースブルーだったが、苦もなく克服してみせたことも大きな収穫だった。
このパフォーマンスを見たブックメーカー各社は、来年の二千ギニーにおける同馬のオッズを5~6倍にカット。エモーションレスを押しのけ、エアフォースブルーが前売り1番人気の座に就くことになった。
同馬がもし今季もう1戦するとすれば、ニューマーケットのG1デューハーストSと言われており、場合によってはここで「エモーションレスvsエアフォースブルー」が実現する可能性がある。
いずれにしても来春まで、この2頭の動向から目を離せないことになりそうだ。
合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。