2016年03月01日(火) 18:01
引退名馬繋養展示事業の新規の助成金対象馬をチェックしていて、懐かしい馬名を見つけた。テンパイだ。
私が北海道から上京して、東京競馬場や中山競馬場で競馬観戦を満喫し始めた頃、ダート路線で活躍していたのがテンパイだった。麻雀用語のテンパイ(実際は天杯が由来)を連想させる印象的な馬名と黒鹿毛の馬体とともに、記憶に深く刻まれた1頭だった。競走馬登録を抹消後はどうしていたのか全く知らずいたのだが、およそ14年の時を経てテンパイという名前を再び目にした時に、「生きていたのだ」というホッとした気持ちがこみ上げてきた。
テンパイは現在、千葉県八街市のCOLZA Horse club(コルザホースクラブ)で、功労馬として余生を送っている。千葉市から八街市に入ってわりとすぐの道路沿いに、事務所と厩舎が見えた。厩舎の窓からは馬が顔をのぞかせている。まだ厩舎は新しく、奥には馬場が広がっている。聞けば昨年この場所に引っ越してきたばかりで、乗馬クラブの名称も以前の「ところ乗馬クラブ」から「コルザホースクラブ」に名称が変わった。
コルザホースクラブ代表の塚本めぐみさんのお母様の番場恵子さんに案内されて新しく清潔な馬房をのぞくと、乾草を夢中で食べているテンパイがいた。カメラを向けても、全く無視。しかしその黒い馬体は、記憶の中のテンパイそのままだった。
▲馬房の中で夢中で乾草を食べるテンパイ
▲競走馬時代を思い出させる黒い馬体
テンパイは、1993年3月31日に、北海道門別町(現日高町)の新井峰吉さんの牧場で生まれた。母はトウショウボーイの血を引くセレーザ。父はダート路線で多くの活躍馬を輩出したジェイドロバリー。テンパイのダート適性も、父から受け継いだのだろう。栗東の福島信晴厩舎から、1996年5月に中京競馬場でデビュー。芝1700mの4歳未勝利戦(旧馬齢表記)で、1番人気に応えて初陣を飾っている。
4戦目にダートで2勝目を挙げてからは、次第にダートのレースに出走することが多くなっていった。1998年2月にテレビ山梨杯(1600万下)に優勝してオープン入りを果たしたテンパイは、昇級初戦のマーチS(GIII)で1番人気に推されたものの、ワイルドブラスターの5着に敗れる。しかしプロキオンS(GIII)で前走に引き続き1番人気に支持された同馬は、エムアイブラン以下をおさえて、見事に重賞勝ちを収めた。
重賞ウィナーとなったテンパイだが、その後は時折掲示板にはのることはあったものの、プロキオンSに優勝した当時の輝きを取り戻すことはできず。2002年1月に東京競馬場で行われたガーネットS(GIII・14着)が現役最後のレースとなった。
競走馬を引退したテンパイは、乗馬となった。コルザホースクラブの前身、ところ乗馬クラブにやって来たのは、2007年5月だから今からおよそ9年前だ。かつて在籍していたクラブでアーマライトと名付けられ、障害馬として競技会にも出場していた。「オールマイティで楽しく乗れる馬をということで、ウチに来ました。競馬で活躍したテンパイだとは、聞いていましたよ。こちらでは障害の試合には1度しか出ていなくて、あとはずっと馬場馬術の競技会に出場していました。
去勢をしていなくて牡馬のままなので、気性的に強いところもありますけど、そんなに女の子には興味がないみたいです(笑)。たまに騒ぐ程度ですね」(恵子さん)
年齢を重ねて穏やかになっていったテンパイは、乗馬引退前は、初心者の大先生としても重宝されていた。
「一歩が大きくて柔らかいんですよ。筋肉や関節の使い方が柔らかくて、能力の高さを感じます」と、塚本めぐみ代表の妹さんの番場よしみさんが言うように、乗馬としての資質も高かったようだ。
ちなみにところ乗馬クラブ時代には、ヒシアマゾンの全弟のマチカネウコン(セン)も在籍していた。わずか3戦で引退したウコンだが、その血統ゆえクラブに訪ねてくるファンもいたという。
「アメリカに行かないとお姉さんには会えないからと、ウコンに会いに来た方もいらっしゃいました」(恵子さん)
残念ながら2014年3月30日に、マチカネウコンは天に召された。15歳だった。
現在はテンパイをはじめ、バラ一族のノヴァーリス(セン5・曾祖母ロゼカラー)、船橋競馬で3勝したセジェスタ(セン8・乗馬クラブでの馬名:ブガッティ)、よしみさんが手綱を取って2014年の全日本馬場馬術大会PartIIのLクラスで優勝したシンボリボイジャー(セン15歳)らの元競走馬たちがここで乗馬としての第二の馬生を送っている。芦毛のノヴァーリスは、目が真っ黒くてまだあどけなく、とても人懐っこい。シンボイボイジャーは、昼下がりのポカポカ陽気にウトウトしていたが、いざ試合となるとその動きはとてもダイナミックで、とても見栄えがするそうだ。
▲バラ一族のノヴァーリス(セン5・曾祖母ロゼカラー)
▲船橋競馬で3勝したセジェスタ(セン8・乗馬クラブでの馬名:ブガッティ)
▲全日本馬場馬術大会で優勝したシンボリボイジャー(セン15歳)
その中でテンパイは、痛めていた蹄に負担をかけないようにという配慮もあって、完全に乗馬からも引退して、今では日々散歩や放牧に出て悠々自適の毎日を送っている。日課である散歩&放牧によしみさんが連れ出した。今年23歳になったテンパイだが、その足取りは軽やかだ。いつも放牧される場所に到着するなり、おいしそうな音を立てながら草を食べ出す。動画を撮影するためにカメラを向け続けていても、まるで気にせずマイペースだ。
「今は人懐っこくなりましたけどね。来た当初は乗ると大人しいのですけど、降りるとちょっと大変(笑)。歯が来るんです」と恵子さん。よしみさんも「かなりの人が噛みつかれています。皆1回はやられていますね(笑)。突然そばに来られるのが嫌みたいですけど、今は声をかけてあげれば大丈夫ですよ」とテンパイの性格を説明してくれた。
▲テンパイと番場よしみさん
人間たちの会話を聞いているのかいないのか、依然としてテンパイは無心に草を食んでいた。「テンちゃんは、人間の言葉がすべてわかっているような感じがします」とよしみさんが教えてくれたが、草を食べながらもこちらの会話はすべて聞いていたのかもしれないなと、ふと思った。
放牧地で心ゆくまで草を食んだ後は、帰りがけにゴロンゴロンと転がって、気持ちよさそうに砂浴びをした。起き上がったテンパイの表情は満足気だった。人間のために頑張ったすべての馬に、安心してゆったり過ごせる余生があってほしい。穏やかなテンパイを前にして、そう願った。
COLZA Horse club(コルザホースクラブ) 〒289-1124 千葉県八街市山田台285 電話 043-445-6699 定休日 毎週水曜日 展示時間 13:00〜16:00
見学希望の方は前日までに必ず連絡をしてください。
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佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。
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