今度はそれを上回る執念で

2016年04月14日(木) 12:00


扉を開けたクラシック

 桜が咲き明るく季節が扉を開ける時、多くが、新たな出会いと何かが始まるという思い出を持っている。笑顔が似合うこの時期だが、誰もが順風をはらむ日々を送ってこられたとは限らない。望みに届かない、止むを得ずの生活に甘んじることもある。だが、それも自然の春は、一瞬忘れさせてくれる。そして季節は新緑の世界へ。この桜から新緑へと移ろう明るい中、クラシックレースはスタートを切る。輝かしい未来を競うにはふさわしい舞台だ。

 今ではJRA所属となったイタリア出身のミルコ・デムーロ騎手にとり、この季節と桜花賞は、日本に来て最も印象に残ったものだったと言う。2002年に初めて騎乗して9度目の挑戦でつかんだ桜花賞は、最初から抱いていた夢の実現でもあったのだ。競馬場の桜を背景にするレース。ジュエラーの手綱を任されてシンザン記念、チューリップ賞と2度の2着を経てのぞんだここ一番、レースは、その執念を感じさせた。どう戦うか、ジュエラーの能力を信じていたからこその戦い方で、後方から2、3番手。チューリップ賞でテンションの高い中でも、勝ったシンハライトにハナまで迫った末脚に確信を持っていた。少しずつ、ゆっくりと運び直線は大外に。スパートを開始してからは、まるで夢躍るが如くストライドをのばし、前走ハナ差で負けた相手に、今度はハナ差で勝利。その差が2センチと知って、敗れたシンハライトの池添騎手の心の内にも思いが及んだ。

 はらはらと散る桜の花びらは、どれもこれも同じに見えるが、人の心の中で散る花びらは同じではないのだと。望みに届かなかった彼の思い、勝ち負けがあるのは当然でも、その一瞬に無念の思いを持つのが人の心。だが、それはこの一瞬にだけに止めなければならない。3歳の春は、まだその旅が始まったばかり、新緑の美しい季節が待っている。それは、どの馬にも分け隔てはない。今、明るく扉を開けたばかりのクラシックレース、執念で敗れたなら、今度はそれを上回る執念でと、次なるステージが待っている。

 父ヴィクトワールピサ、その父ネオユニヴァースとこれで3世代のGI制覇の手綱を取ったデムーロ騎手の牙城は堅牢でも、誰もが等しく夢を持つのだ。

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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