2016年05月10日(火) 18:01
▲生まれ故郷で余生を過ごしているセントミサイル(セン、26歳)(提供:渡辺牧場)
北海道浦河町の渡辺牧場には高齢の馬たちが多く暮らしている。20歳以上の馬が実に11頭。
その筆頭が35歳のウラカワミユキ(牝)、それに続くのがミユキの息子のナイスネイチャ(セン)で28歳、先週紹介したマザートウショウ(牝)と相棒キララ(牝・競走馬名サンキララ)は26歳。そして1993年のクリスタルC(GIII)に優勝したセントミサイル(セン)も、マザーやキララと同じ1990年生まれの26歳だ。
「ミサイルは本当におもしろいキャラクターで…(笑)。思い出しては笑ってしまうような…(笑)」と渡辺牧場の渡辺はるみさん。吹き出しそうな気配が伝わってくる。
若駒だった頃のセントミサイルは、ケイウンファストという母の名前から「ケイちゃん」と呼ばれていた。そのケイちゃん、渡辺牧場の牧柵を軽々と飛び越えて放牧地から脱走しては、渡辺さん夫妻を手こずらせていた。脱走は実に3回を数えた。うち1回は通路を暴走して、母ケイウンファストのいる放牧地に飛び込んだ。「これには母もビックリしていましたね(笑)」
▲生まれたばかりのセントミサイル(提供:渡辺牧場)
▲母のケイウンファストと一緒に(提供:渡辺牧場)
またある時は、放牧地の脇にある土手を走って逃げて、そのあとをご主人とはるみさんが追いかけた。この時、はるみさんは身重だったが、その体で必死に走った。
「300mくらい暴走して、70mほど下のにある放牧地に飛び込んでひっくり返ったんです」
天に向かって4本の脚が伸ばした恰好のまま、ケイちゃんはピクリとも動かなかった。ご主人もはるみさんも、大怪我を覚悟した。切迫屠殺という言葉も頭をよぎった。
「よく見ると牧柵のロープに脚が引っ掛かっていて、動けなくなっていただけだったんで、擦り傷だけで済みました。飛び込んだ放牧地には、同級生のキララがいたんですよ。当時1歳の牝馬が7頭くらいいたのですけど、大きな黒い塊が突然落ちてきたので、みんなビックリしてドーっと入り口の方に走ってきて固まっていました(笑)」
ロープを外してもらったケイちゃんは、ご主人に曳かれ歩いて厩舎に戻っていった。手のかかる子ほど可愛いというが、ミサイルもまさに手のかかるけど愛おしい我が子だったに違いない。
生傷が絶えなかったケイちゃんは、やがてセントミサイルという名前がついて、栗東の吉永猛厩舎の管理馬となった。ヤンチャな性格を知らなかったはずのオーナーが、脱走してはミサイルのごとく飛んで行くこの馬にピッタリの馬名をつけたというのもおもしろい。
夏の小倉の新馬戦でデビューしたミサイルは、牧場での脱走を彷彿とさせる逃げ脚でターフを疾走し、2着馬に実に7馬身差をつけての圧勝劇を演じた。明け4歳(旧馬齢表記)になってから特別戦で2つ勝ち星を重ねると、当時皐月賞の前日に行われていた重賞クリスタルCに出走。激しい先行争いを制してハナに立つと、スピードの違いを見せつけ、追いすがる後続を突き放しての堂々の逃げ切り勝ちを収めた。
セントミサイルの父セントシーザーは1987年の阪急杯(GIII)、CBC賞(GIII)と重賞を2勝し、同じ年のマイルCS(GI)ではニッポーテイオーの2着とマイル以下の距離で堅実な成績を残している。阪急杯の映像を確認すると、セントシーザーの顔の上から下まで走る流星と息子のそれとは似ているように私の目には映った。決して多いとはいえない産駒の中から、父の資質を受け継いだセントミサイルが登場したことは幸いだったように思う。
しかしセントミサイルは、クリスタルCを頂点にしてその後はすっかり成績を落とし、2桁着順を繰り返すようになる。ノド鳴りも患っていた。4歳春の輝きを取り戻せないまま、岩手競馬へと転籍したセントミサイルは、下級条件ながら8連勝を飾った。岩手競馬から高崎へ、そしてまた岩手に移って現役を続け、最終的には地方競馬で13勝を挙げて、重賞ウイナーとしての矜持を少なからず示したのだった。
地方競馬時代は中央時代とは別の馬主になっていたが、引退後は引き取りたいというはるみさんの意向は先方にきちんと引き継ぎがされており、1998年の年が明けてわりと早い時期に、愛おしいヤンチャ坊主はブーメランのように再びはるみさんのもとに戻ってきた。
重賞優勝馬が対象のBTC(現在はジャパンスタッドブックインターナショナル)の助成金の申請もなされ、その年の暮れから助成金を受給し始めた。
「ミサイルは大事な馬でしたから、牧場に万が一の状況にならない限り、ずっと養っていこうと思っていました」
しかし、2001年に牧場は不運に見舞われ、馬をすべて手放さなければならないほどの危機的な状況に陥った。その状況を受ける形で、その年の12月にはセントミサイルや種牡馬を引退していたナイスネイチャ、その母ウラカワミユキとともに、イグレット軽種馬フォスターペアレントの会(現在は認定NPO法人引退馬協会)のフォスターホースに加わったのだ。これによって3頭は、フォスターペアレントの会からの預託馬として渡辺牧場に繋養するという形に替わった。こうしてセントミサイル、ナイスネイチャ、ウラカワミユキは、天寿を全うするまで生まれ故郷で暮らせる保証を手に入れた。
引退した競走馬の多くが、命を落とすという現実を考えると、セントミサイルは幸運な馬と言っても良いのかもしれない。しかし人間のために懸命に走って活躍したのだから、現役を退いた後は穏やかに暮らす生活が与えられて当然とも思う。だが体が大きい馬は、どこでも飼えるわけではなく、養うのにも莫大なお金がかかる。それだけに重賞勝ち馬でさえ、知らないうちに消えてしまうのが馬の世界の厳しい実情でもある。
はるみさんが引き取りたいという意志をしっかり伝えていたからこそ、ミサイルは牧場に帰ってきた。牧場に万が一のことが起こった時には「せめてナイスネイチャとセントミサイルだけは、天寿を全うさせたい」とフォスターペアレントの会に相談していたからこそ、ミサイルたちは引き続き生まれ故郷での余生が与えられたと言っても良いだろう。はるみさんが語るミサイルのエピソードに耳を傾けながら、出会った人間の考え方や気持ちひとつで馬の運命が決まるのだと、再認識させられたのだった。
▲雪の中で放牧を楽しむセントミサイル(提供:渡辺牧場)
ミサイルが牧場に帰ってきて、およそ18年の歳月が流れた。26歳になった今も「相変わらずヤンチャ」だ。年齢を重ねて以前よりは大人になっているとはいえ、曳いて歩く時はどこに持っていかれるか、どこに走り出すかわからない。それでもはるみさんは「私、そんなミサイルを曳きたくて仕方ないんです(笑)」と、これまた楽しそうに話した。
「ミサイルはキャラクターと正反対の、3月3日、ひな祭りが誕生日なんですよ(笑)。そして左目が三白眼なんです。キャプテンベガ(セン12)も三白眼で同じ3月3日が誕生日なんですけど、あちらは華奢で良家のお坊ちゃまタイプ。ミサイルの方はごっついんですよね(笑)。
ミサイルは歯が良くないので、食べやすいように紙のように薄く切った人参をいつもポケットに入れていて、それをあげると私の手ごと口の中に入れるんです。でもちゃんと加減がわかっていて、痛くないんですよ。やっていることは子供っぽいんですけど、そのあたりは賢いんでしょうね」
とミサイルの話題は尽きることがない。そしてはるみさんは可愛さのあまり、つい「ミサ」とか「ミチャ」と呼んでしまうという。
「ミチャミチャと呼びかけた後に、健康とか元気とか幸せというプラスの言葉を言いながら、ミサイルを曳いて歩くんです。まるで歌みたいになっています(笑)」
ミサイルと放牧地に向けて歩を進めるその時間ははるみさんにとって、幸せを感じる大切なひとときでもある。
放牧地には、ナイスネイチャとメテオシャワーという2頭の友達がいる。以前、ナイスネイチャは1頭で放牧地にいたのだが、ミサイルとメテオシャワー(セン20)の仲の良く遊ぶ姿を寂しそうに眺めていたため、思い切って3頭での放牧に切り替えた。実は以前、放牧地が隣同士だったミサイルとナイスネイチャは、柵越しに10往復ほど併せ馬で走ったことがあった。競走馬としての能力の高さを互いに本能で感じ取り、どちらが強いのかを競っていたようにも思える。
こうして張り合った挙句に、ナイスネイチャが柵を蹴り、怪我をしてしまった。それを機に、ミサイルとネイチャは去勢をした。そんな過去の出来事が頭をよぎり、ミサイルとネイチャを一緒の放牧地に放すことはためらいがあったが、いざ放牧してみるとヤンチャなミサイルに蹴られようが何をされようが、仲間入りしたい一心のネイチャは蹴り返さずにじっと我慢をした。ネイチャの努力が実って、2頭とネイチャの距離は縮まり、やがて友情が築かれ、現在は名トリオとして放牧生活を謳歌している。
▲名トリオ!左からナイスネイチャ、セントミサイル、メテオシャワー(提供:渡辺牧場)
▲左からナイスネイチャ、メテオシャワー、振り向いているのがセントミサイル(提供:渡辺牧場)
「ミサイルはいつもナイスの馬服を噛むんですよね。ナイスの馬服はいつもボロボロです(笑)。ミサイルがいつもナイスを追いかけていますしね(笑)」
渡辺牧場のブログには、牧場で過ごす馬たち1頭1頭のエピソードが、愛情溢れる表現で綴られている。ミサイル、ナイス、メテオシャワーの3頭のグループについても、それぞれの個性が手に取るようにわかり、読んでいると自然に頬が緩んでくる。
「ミサイルも宝ですし、ナイスも宝ですしね。馬ってみんな個性があって本当に可愛いですよね」
はるみさんのその言葉が、電話越しに優しく響いた。セントミサイルをはじめ、渡辺牧場の馬たちはみな、はるみさんの宝物なのだ。
渡辺牧場 〒057-0036 北海道浦河郡浦河町字絵笛497-5 電話 0146-22-5466 直接訪問可能
渡辺牧場HP
引退名馬のセントミサイルの頁
認定NPO法人引退馬協会
〒287-0025 千葉県香取市本矢作225-1
メールアドレス info@rha.or.jp
※引退馬協会では、たくさんの人で1頭の馬を支える「フォスターペアレント制度」というシステムで引退馬の余生を支援しており、直接の支援者である里親を「フォスターペアレント」、養っている馬を「フォスターホース」と呼んでいる。
※フォスターペアレントになると、月額、会費1000円、馬の維持管理費が2000円(0.5口)〜が、かかります。(複数口を持つことも可能)
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佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。
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