毎日更新する牧場だより

2004年09月14日(火) 20:08

 9月に入り、気温が下がり始めると、もう北海道は秋のたたずまいである。庭の木の葉が落ち始め、朝晩はめっきりと涼しくなる。日中の最高気温はほぼ20度前後。一年中でもっとも過ごしやすい季節の到来だ。

 日照時間が短くなったことを実感するのもこの9月である。これから年末にかけて夕闇の訪れが早くなってくる。食欲の秋、芸術の秋。私も若かりし頃には「今年の秋はどのように過ごそうか」とあれこれ計画を立てたりした。長い夜を少しでも充実させた時間にしたいと思ったのだ。しかし今では体力気力ともに急降下してしまい、だいいち読書すらままならない状態になってしまっている。活字を追うのにも“体力”が要るのである。

 さて、今週は、かねてより一度このコラムで取り上げようと思っていたHPについて書くことにする。

 日高の家族経営の牧場が開設するHPである。名前を「斉藤スタッド」という。

 あるいはご存知の方がおられるかも知れない。それどころか、毎日閲覧している方もたぶんいるだろう。このHPの特徴は、何と言っても「毎日更新される牧場日記」である。

 日記を書き続けるのは場主の斉藤雅宣さん(51歳)。開設は01年1月。まったくの手探り状態からのスタートだったという。

 牧場のHPというと、主流は売り馬情報の提供だったり、牧場の紹介だったり、という場合がほとんど。売り馬情報も、無味乾燥な血統表をつけただけのものも多い。まして、日記を毎日更新する、などというのはよくよくのことだ。

 「最初は、僕だって、売り馬情報を発信して、顧客開拓につながればいいという考えがありましたけど、そのうちそれほど甘くないことに気づきました」と斉藤さん。むしろ、今は牧場の紹介と掲示板や日記の更新を通じて知り合うさまざまな人々とのおつきあいの方にウエートを置いているのだとか。

 現在、一日あたりのアクセス数はだいたい400人前後という。日記には、毎日の仕事の様子、生産馬の競走成績、隣近所での出来事、村の行事、生産界全般の話題など、文字通り多様多岐にわたる。時には、政治問題に言及したり、高校野球やプロ野球のことにも筆を走らせる。アテネの時にはオリンピック関連の話題も多かった。

 日々の日記に共通する最も大きな魅力は、斉藤さんの紛れもない“肉声”で牧場の生活が語られていることだと私は思う。個人的な話で恐縮だが私が若い頃から好んで読んできたものに「作家の日記」がある。荷風「断腸亭日乗」、伊藤整「太平洋戦争日記」、一色次郎「日本空襲記」、「高見順日記」、石川啄木「ローマ字日記」などなど。これらの日記を読むにつけ「毎日書き続けること」がいかに重要であるか、そしてそれが後世の人々にとってどれほど貴重な「時代の証言」になるものか、を知らされた。

 何気ない日常をひたすら書き続け、それが蓄積されて、「斉藤日記」も必ず後の世に「日高の生産者の日記」として欠かせない存在になるのではないか、と思われる。

 毎日書く、というのは、至難の技だ。斉藤さんは「これが生活の一部になってしまって、これ(日記)を終わらせないと、出かけることも酒を飲むこともできない」ほどになっているそうだが、従業員のいない家経営の牧場という部分では私とて同じこと。その苦労は察するにあまりある。

 なお、HPを通じて知り合った来客が斉藤スタッドには多いという。やはり、場主の人柄や思考が日記にはそのまま表れるので、「読者」はある種の安心感を持つのだろうと思われる。女性の一人旅も少なくないと聞いた。牧場を訪問する際には、目当ての馬がいることはもちろんだが、それと同時に「どんな人が迎えてくれるか」も、またかなり重要なポイントのはずだ。斉藤さんの仕事?は競馬ファン、日高ファンの開拓にも一役買っていると言える。

 そうそう。斉藤スタッドは、三石町字豊岡にあり、12日(日)には、生産馬のインパルスシチーが「ヒカリデユール・メモリアル」を勝ったばかり。遅ればせながらお祝いを申し上げておきます。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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