2016年06月07日(火) 18:01 76
▲馬についてを学ぶための学校 東関東馬事高等学院と東関東馬事専門学院
引退した競走馬のほとんどが、乗馬という名目で競走馬登録を抹消される。競走馬を引退後、種牡馬や繁殖牝馬になるのは、一握りの馬に過ぎない。それ以外の馬たちのほとんどが乗馬の名目で競走馬登録を抹消されるが、すべての馬が乗馬になれるわけではない。
乗馬に向く馬もいれば向かない馬もいる。馬体に故障があって休養や治療が必要であればなおのこと、乗馬になるための調教がしばらくできないわけだから、ハードルは高くなる。乗馬クラブもビジネスだから、飼い葉代や治療代のかかる馬をじっくり待ってはいられないというのが厳しい現実だ。
しかし、乗馬として故障のある馬でも引き取って再生している場所がある。東関東ホースプロジェクトだ。
ここには、高等学校の卒業資格も取れる東関東馬事高等学院と、卒業後は馬の世界へと考える人のための専門学校、東関東馬事専門学院がある。つまりここは乗馬クラブではなく、馬についてを学ぶための学校なのだ。
だから馬に故障した箇所や病気があれば、それも生徒の教材となる。ケアをしながら、乗馬として再生していく。時間をかけて育ててきた馬たちが、試合に出て活躍したり、調教がうまくいって乗馬として新天地で活躍しているケースもある。学校の馬場では馬術大会も開催されるのだが、ここから巣立っていった馬が競技馬として大会に参加してくるケースもあり、その姿を見て生徒たちも喜んでいるという。
▲それぞれの馬たちには担当の生徒がおり、責任を持って世話をしている
ここには、常時100頭前後の馬たちが暮らしている。それぞれの馬たちには担当の生徒がおり、責任を持って世話をしている。今回はいつもと趣向を変えて、1頭の馬にスポットライトを当てるのではなく、この場所で第二の馬生を過ごしている馬たちをなるべく多く紹介してみたい。その中に皆さんが好きだった馬、応援していた馬、クラブで一口出資していた馬など、引退後が気になっていた馬がいてくれることを願いながら。
競走馬が乗馬になると、新たな馬名に変更されるケースが多い。しかしここでは一部を除いて競走馬名のままだから、どんな馬かすぐに調べることもできる。検索してみると懐かしの名馬の血を引く馬もいて、勝手に親しみを感じたりしていた。
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■レジェンドスズラン(牡7)
父がローエングリンで、母はハートアンドアロー。ハートアンドアローの祖母は1981年の毎日王冠を含めて重賞5勝と活躍したジュウジアローにあたる。9番人気ながらアンバーシャダイをクビ差退けた毎日王冠は、今でも記憶に残っている。
■ビジュー(牝11)
イギリスから輸入された繁殖牝馬マイリーが祖となる華麗なる一族の出身だ。競走馬名はキャビンクルーだったが、他の乗馬クラブに在籍していたためにビジューという名がつけられた。
父はステイゴールドで、母がオギトゥインクル。オギトゥインクルの祖母が1975年の高松宮杯やスワンSを勝ったイットーで、イットーはマイリーのひ孫になる。イットーは1980年の桜花賞やエリザベス女王杯勝ちのハギノトップレディや、1983年の宝塚記念を制したハギノカムイオーを、ハギノトップレディは1991年の安田記念とスプリンターSに優勝したダイイチルビーを送り出している。競走馬時代は勝ち星を挙げられなかったが、今では障害飛越もこなす練習馬となっている。
■アンナプルナ(牝4)
祖母がキャットクイル。つまり1998年の桜花賞馬ファレノプシス、2013年のダービー馬キズナの近親にあたる。今年2月まで現役の競走馬だったこともあり、現在は乗馬としてじっくりとトレーニングが積まれている。
■リアライズナッシュ(牡10)
イギリスのダービー馬、Galileo産駒もいる。リアライズナッシュだ。同馬の並びの馬たちは、カメラを向けても我関せずマイペースで無視を決め込んでいる。しかしナッシュはすぐに馬房から顔を伸ばして、愛想をふりまいてくれた。「人が大好きですね」と高等学院主任の横田真吾さんが教えてくれた。
競走馬時代は、中央、地方合わせて27戦7勝の成績を残したが、ここでは総合馬術(馬場馬術、クロスカントリー、障害飛越の3種目で競う)競技に出場するなど優秀な乗馬になった。脚元に不安が出たためケアにつとめ、現在は総合馬術ではなく障害飛越競技に出場している。
■ライズアゲイン(セン7)
「学校初のディープインパクト産駒がこの馬です」と横田さんが紹介してくれたのが、ライズアゲイン。中央競馬では未勝利だったが、地方競馬では2勝している。乗馬となってからは、あっという間に1mの障害を飛越できるようになった。
しかし「あまりトレーニングをし過ぎると飛ばなくなってしまうのです」(横田さん)。ディープインパクト譲りの身体能力で、すぐに難しい課題をこなす。けれども、練習を重ねると飛ばなくなる…。こういうタイプの馬を、天才肌というのかもしれないとふと思った。
■トミノプリズム(牝11)
また血統によって、馬たちの傾向が似通うケースもある。「サンデー系は気性が荒いですよね。ここから先の馬は皆、気が荒いです(笑」と横田先生に言われて、馬房に貼ってある馬名を見る。
1頭目はトミノプリズム。父はエイシンサンディ。なるほど、サンデー系だ。「ブラッシングをするにしても、触られたくないポイントがあって、そこに触れられると噛みつきます。本気で噛むし、蹴ります(笑)。でも90cmら1mの障害を飛びますよ」(横田先生)。写真ではのんびりと座っているが、素顔は怖い女のようだ。
■マヤノラスティー(セン8)
その隣がマヤノラスティー。こちらは父はアグネスタキオンと、やはりサンデー系だ。母はチチンプイプイでその母マヤノジョウオは、メジロラモーヌが勝った桜花賞(1986年)の2着馬で、1987年の北九州記念、1988年の京都牝馬特別と重賞2勝を挙げている。この馬も近づくと本気で噛みつくことがあり「僕も噛まれましたよ(笑)。まあ調教をする人は嫌われますよね」と横田さんも苦笑いしていた。
■ドリームキャプテン(セン7)
さらにその隣が、ドリームキャプテン(写真はドリームキャプテンと高等学院主任の横田真吾さん)。マンハッタンカフェ産駒だから、この馬も紛れもなくサンデー系だ。
■ガニオン(セン7)
そして気性の荒い組、最後の馬はガニオン。父はステイゴールドと聞くと、いかにも悪そうな雰囲気が…。しかし、馬房の中のその馬は何となくまったりしているように見えるが、よくよく観察してみると耳はずっと絞ったままだ。午後のひとときを邪魔されて怒っているのだろうか。
「障害は1mくらい飛びますし、試合にも出ています。ただ嫌なことがあると、噛みつきますね。やはり血統のどこかにサンデーの血が入っていると、気性がきつい馬が多いですね」(横田さん)
■センカク(セン14)
気性の荒い組と同じ厩舎には、聞き覚えのある馬がいた。2008年の中京記念2着のセンカクだ。「脚元に不安がありますが、飛越能力はあります。現在は80cmから90cmの障害を飛びますね。練習馬としてもわりと乗りやすく、扱いやすい方だと思います。ただ気が強いので、扱いが雑な人が世話をするとイライラしていますね」(横田さん)
父はマーベラスサンデー。気性の荒い組には入っていなかったが、こちらもやはりサンデー系。気が強い、イライラと聞いて納得した。
■レッドラウディー(牡5)
別の厩舎に向かう途中の厩舎の窓からこちらを見ている馬がいた。デビュー前に期待の新馬として報道された記憶のあるレッドラウディーだ。
新馬2着、未勝利戦が2着、5着と勝てないまま中央競馬の登録を抹消され、地方競馬に移籍して勝ち星を挙げた。しかし競走馬としてはその素質を発揮しきれないまま引退し、ここで生徒たちとともに頑張っている。
■ドリームマイスター(牡11)
専門学院指導担当の近藤朱音さんに案内された厩舎には、ドリームマイスターがいた。父アジュディケーティング、母オリミツキネン。そう、あのアジュディミツオー(2004、2005年東京大賞典連覇、2006年帝王賞など優勝)の全弟だ。
中央では障害を含めて28戦5勝。平地ではアジュディミツオーの主戦だった内田博幸騎手が手綱を取って、4勝のうちの3勝を挙げている。マイちゃんと女の子のようなニックネームで呼ばれている同馬は、大人しくて東関東ジュニアホースクラブの子供たちのレッスンでも活躍している。近藤さんによると「体の使い方が上手」とのことだ。(※文末に動画)
■ミツコ(牝5)
ドリームマイスターと同じ厩舎には、アジュディミツオー産駒のミツコ(競走馬名)こと美津子がいた。こちらは船橋競馬で走り、23戦4勝。「人に対しては良い子ですけど、馬は嫌いです(笑)。隣の馬が顔を出してくると、怒っていますよ」(近藤さん)
■イゾルデ(牝15)
ドリームマイスターの向かい側の馬房にいるのがイゾルデ。北海道の牧場で繁殖牝馬としてこれまで8頭を出産している。こちらに来てからは人を乗せることはなく、もっぱら癒しキャラとして存在感を示している。
イゾルデの子、ターフェル(牡8)も競走馬を引退してこの地で乗馬になり、生徒とともに試合にも出場している。母子2代が同じ場所にいるというのも、珍しいケースだ。
■グランバレーヌ(牝8)
グランバレーヌは南関東で33戦11勝と頑張っていた。昨年夏に引退してこちらにやって来て、現在は東関東ジュニアホースクラブの子供たちも乗っている。ただし「性格は女の子という感じです。触られるのを嫌がりますね」(近藤さん)。
■ズルフィカール(セン7)
三白眼が怪しさを醸し出しているのが、父がホワイトマズルのズルフィカール。「この体型とデカさがチャームポイントで、見かけよりは意外と良い子ですよ」(近藤さん)。
■マヤノユウシ(セン20)
最後に紹介するのは、マヤノユウシだ。父サクラユタカオー譲りの栗毛に大きな流星を持つこの馬の半妹は、2006年の桜花賞馬キストゥヘヴン。マヤノユウシ自身も、中央競馬で3勝を挙げている。
初めて跨った馬がこの馬という生徒がたくさんいると聞いたが、学校説明会の体験乗馬の仕事に従事することが多く、その仕事振りはまさにプロフェッショナル。「誰を乗せても大人しくしていますし、自分のやるべきことを理解しています」(近藤さん)。体験乗馬で馬の魅力を体温を通して伝え、学校へと導き、さらに馬の世界へと誘うのがマヤノユウシの大事な役割。ここになくてはならない存在なのだ。
※なおマヤノユウシは余生を送るため、6月8日に山梨県の八ヶ岳ホースケア牧場に移動しました。
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昨年、コスモタタン(牡)という馬が競走馬登録を抹消してこの場所へとやって来た。だがその馬には心臓に疾患があった。
汗をビッショリかき、心臓は全速力で走ったあとのように常に激しく鼓動し続けていた。スタッフも生徒も皆、何とか助けたかった。乗馬として再生させたかった。しかし、それは叶わなかった。
ここではほんの数日しか生きられなかったが、見送った生徒たちは飼い葉桶にコスモタタンへの感謝のメッセージを寄せ書きして、その死を悼んだ。
勝った馬も勝てなかった馬も、有名な馬も無名な馬も、どんな馬も可能性を秘めているし、生まれてきた意味があるはずだ。この学校に来てほんの数日で天に召された心臓が悪かったその馬も、生徒たちの心に大切な何かを遺していったに違いない。
こうしてたくさんの馬たちが、生徒たちの先生となり、乗馬として第二の馬生を歩んでいるのを目の前にして、改めて1頭1頭の馬たちに、それぞれストーリーがあるのだということに、気づかされた。
東関東馬事専門学院 東関東馬事高等学院
(※一般の見学は受け付けておりません)
〒289-1126
千葉県八街市沖174番
東関東ホースプロジェクト
http://horsepark.biz/index.html#東関東馬事専門学院
http://umastable.jp東関東馬事高等学院
http://bajigaku.jp佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。