2016年06月20日(月) 12:01 32
▲今週は、競馬学校騎手課程の3年間のカリキュラムに迫ります
晴れて競馬学校に入学となったら、3年間どのような生活が待っているのでしょうか? 今週は競馬学校のカリキュラムに迫ります。騎手の競争が厳しくなっている昨今、即戦力となるための人材作りとは。さらに、第1期生から続く伝統のカリキュラムから、お菓子の取り扱いにまつわる変化まで、競馬学校の内部をのぞいていきます。(取材:赤見千尋)
(前回のつづき)
赤見 入学試験に合格すると、春休みの間に少しだけ体験入学みたいなものがあるんですよね?
小林 そうです。入学は4月ですが、その前に2週間ぐらい「入学前研修」があります。
赤見 そこで辞める人はいますか?
小林 いや、それはさすがにいないです(笑)。入学前に少しでも慣れてもらうのが一番の目的で、1日の流れやルールを覚えてもらいます。4月に入学したら、そこからはビシッと厳しくなるんですけど、今年の子なんかを見ていると、僕らが心配しているよりも慣れるのは早いですね。
赤見 教官方の中でコバジュン教官は、具体的にどういうことを教えているんですか?
小林 僕は元ジョッキーなので、走路騎乗が始まってからが専門ではありますね。今だと、1年生の7月ぐらいから走路で乗り始めます。
赤見 そんなに早いんですか!?
小林 今は早いんですよ。ゲートも早めに経験させたり、他のカリキュラムも早くなっています。
赤見 どうしても今は、デビューしてすぐに結果を求められるじゃないですか。即戦力を育てるために、どんなことを意識していますか?
小林 最近力を入れ始めたのが、フィジカルトレーニングです。基礎体力をつけたり、体幹を鍛えたり。実技に関しても、より実戦的な内容になっています。模擬レースのほか、実技の中で集団走行というのも取り入れていますね。
赤見 そのためには馬も必要ですよね。模擬レースや集団走行となると、元競走馬ですよね?
小林 そうです。競馬を引退した馬を使わせてもらっています。調教師に協力してもらって、馬主さんからいただけるお話があればいただいたり。全部で100頭ぐらいいまして、それを厩務員課程生と一緒に世話しています。
赤見 馬乗り以外のカリキュラムで、競馬学校ならではのものってありますか?
小林 いろいろありますが、茶道がありますね。これはすごいですよ。第1期生からずっと続いていますから。
赤見 どういう理由で取り入れているんですか?
小林 精神的なものを学ぶということと、本当かどうかはわかりませんが、昔は甘いものが一切禁止だったので、お茶菓子を楽しみにしていた騎手課程生も多かったとか(笑)。カリキュラムは馬学に関するものが多いですが、新聞を読んで時事的なことを把握するカリキュラムもあったり。
赤見 それは馬主さんとの関係を考えてですか?
小林 いやいや、社会の基本的な仕組みを勉強するためです。アナウンサーの方に来ていただいてマスコミ対応を勉強したり、レクリエーション的なものだと、ここ千葉の名産が梨なので、地元梨農家のご協力で、受粉とか収穫作業を体験させてもらったりしています。
赤見 いろいろあるんですね。お菓子の話がありましたが、体重との戦いである課程生にとっては大きな問題ですよね。外出の時に外では食べていいけど、持ち込みは禁止ですもんね?
小林 今はね、持ち込みOKになったんですよ! 考え方の転換と言いますか、あまり締め付け過ぎると爆発してしまう子もいます。これからプロとしてやっていく以上、そこは自分でコントロールできないとダメですからね。
赤見 確かに「ダメだ、ダメだ」と抑えつけると、爆発しますよね。
小林 そうなんです。だから僕らは逃げ出してたんです(笑)。
赤見 私たちもそうでした(笑)。あの、地方競馬の教養センター時代に、馬術の障害大会でこちらに来たことがあって。お昼にチョコチップメロンパンが出たんですよ! チョコなんてセンターでは食べられなかったので、「JRAスゴい!!」ってみんなで感動してました。あの障害大会は、今でも続いているんですか?
小林 やってますよ。中央と地方で交互に行くのも変わってないです。
赤見 そうでしたか。JRAの乗用馬は、外国産の乗馬専用馬ばかりだから、乗って感動したのも覚えています。地方は馬術も元競走馬で訓練するので。しかもこの障害大会でJRAの人に勝つと、教養センターでお菓子パーティーを開いてもらえたんです。「絶対負けられない!」って、みんなものすごく燃えるんですよ(笑)。
小林 そんな楽しい思い出を持っていてくれたんですね(笑)。
▲“チョコチップメロンパン”“お菓子パーティー”教養センター時代は甘い思い出に溢れていた
赤見 3年間の中で、教えていて難しい時期というのはありますか?
小林 乗馬を経験して入ってきている子は、初期はある程度楽です。でも、走路騎乗が始まるとみんな未経験なので、乗馬が上手いイコールとはいかないですからね。まあでも、どこで難しさを感じるかは個人差がありますよね。気持ちの面でも、怒るとダメな子もいますし。
赤見 たしかに、怒ると萎えちゃう子もいれば、逆にヤル気になる子もいたり。コバジュン教官も怒ることってあるんですか!?
小林 僕は結構怒りますよ。それこそ僕らの時代は、体でわからせることもありましたけど、今はそういう時代ではないですので。その分、口でしっかり指導しておかないと。
赤見 子どもたちのためですものね。
小林 そうです。実際にトレセンに入ったら、「下手くそ」「何やってるんだ」とか厳しい言葉も飛ぶじゃないですか。ちょっとした失敗でも、結構言われてしまうので、怒られる免疫を付けてあげたいなと思うんですよね。怒られても「何くそ」って考えないと、その先で苦労すると思うので。
赤見 乗せてくれるからこそ、厳しく言ったりするわけですもんね。
小林 そうなんですよね。でも人の心理は、そういう人からは逃げたくなるじゃないですか。ここの課程生も、僕に怒られて近寄らなくなる子もいます。そういう場合は、別の教官がフォローして、全員で見ていくようにはしていますね。
赤見 ここで教えることは、技術だけではないんですね。
小林 騎乗技術はある程度身につきますが、内面というか、コミュニケーションというのが難しいですね。騎手になってからは特に大事じゃないですか。口の利き方一つでも、乗り鞍を左右することってあると思いますので。その辺も教えたいんですけど、伝えるのはなかなか難しくて…。
赤見 トレセンって独特な空気感ですもんね。
小林 1年生のうちに1回トレセンに行くんですよ。短期研修といって、東西のトレセンに2週間ずつ。
赤見 最初は戸惑いますか?
小林 まあでも、子どもたちは、違う環境になって楽しいみたいですね。その時点で所属が決まっている子はお披露目の場でもありますし、決まっていない子はひとまずトレセンを経験させて。
赤見 所属先を見つけるのも、教官の仕事の一つなんですか?
小林 そうですね。トレセンに行ったときに、僕ら教官が調教師に声をかけるんですけど、昔ほど手を挙げてくれる調教師がいないのが実情です。ここはずっと課題ですね。「預かってもいいんだけど、厩舎の馬全部は乗せてあげられないし、それだと辛い思いをさせてしまうから」って。その気持ちも分かりますからね。
赤見 ちなみに、東西どちらに所属するかは本人の希望なんですか?
小林 もちろん意思は聞きますが、希望通りにはいかない場合もあります。東西で雰囲気や流れの違いってありますからね。その辺りも見極めて、それぞれに合うのがどちらなのかというのをアドバイスしています。
(次回へつづく)
JRA競馬学校では、平成29年4月入学の騎手課程生を現在募集中です。
願書受付期間は平成28年5月9日~7月25日(スポーツ特別入試制度利用者は平成28年5月9日~7月19日)。
詳細は以下のHPをご確認ください。(外部サイトへ移動します)
http://jra.jp/school/entry/jockey/東奈緒美・赤見千尋
東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。
赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。