2016年08月03日(水) 12:00
先週末も、アメリカ・ニュージャージー州のモンマスパークで行われたG1ハスケル招待H(d9F)で実現した、ケンタッキーダービー馬ナイクィスト(牡3)とプリークネスS勝ち馬イグザジェレイター(牡3)の対戦をはじめ、見逃せない一戦が目白押しだったが、ここでは英国と米国で行われた牝馬限定戦に焦点をあてたいと思う。
グロリアスグッドウッド開催最終日のメイン競走として、30日に英国のグッドウッドで行われたのが、G1ナッソーS(芝9F192y)だった。
条件は3歳以上だが、古馬の出走は昨年秋のG1ブリティッシュチャンピオンズ・フィリーズ&メアズ(芝12F)3着馬ビューティフルロマンス(牝4、父ニューアプローチ)のみで、出走5頭中4頭が3歳勢となった。そして、そのビューティフルロマンスが、Good to Firmという硬めの馬場を嫌がったか最下位に凡走したため、上位は3歳馬たちが占めることになった。
同世代同士の争いとなれば、オッズ1.2倍という圧倒的1番人気に推されたマインディング(牝3、父ガリレオ)の力が、1枚も2枚も上なのは自明の理だ。
唯一ヒヤっとした場面が、最終コーナーから直線に入ったところで、3番手内側にいたマインディングがライアン・ムーアに導かれて外に持ち出し追撃態勢に入ろうとした刹那、4番手外目にいたビューティフルロマンスが全く同じタイミングで進出しようとして、2頭が接触。態勢を崩したのはマインディングの方で、一旦は馬群最後方に下がってしまったのである。
だが、ムーアは慌てなかった。トップベンドと呼ばれる外回りコースを使うと、グッドウッドの直線は5F近くあるだけに、まずはマインディングにリズムを取り戻す時間を与えると、改めて外に持ち出して追い込み、残り2Fで先頭へ。その後はライバルたちの追撃を余裕で退け、ロイヤルアスコットのG2リブルスデイルS(芝12F)4着馬クイーンズトラスト(牝3、父ダンシリ)に1.1/4馬身差をつけて優勝を飾った。
2歳時のG1モイグレアスタッドS(芝7F)とG1フィリーズマイル(芝8F)。今季になってからのG1英千ギニー(芝8F)、G1英オークス(芝12F10y)、G1愛プリティポリーS(芝10F)に続き、これが6度目のG1制覇となったマインディング。3歳の7月が終わった段階で、制したG1が既に6というのは、近年では稀な量産ぶりである。
レース後、同馬を管理するエイダン・オブライエン調教師は、マインディングの次走について、複数のオプションがあるとして明言を避けた。その一方で師は、同馬が4歳となる来年も現役で走る可能性に言及。これを受けて翌朝のレーシングポストは、『陣営は、ブラックキャヴィアが持つG1・15勝の記録を破ることを考えているのではないか』と論評している。
オッズ1.1倍という、マインディングを上回る1本被りの人気を集めていたのは、ビホールダー(牝6、父ヘニーヒューズ)である。
2歳時、3歳時、5歳時と、3度にわたってエクリプス賞の牝馬チャンピオンを受賞。ゼニヤッタ以降の最強牝馬と、自他ともに認めているのがビホールダーである。中でも圧巻だったのが、昨年8月にデルマーで行われたG1パシフィッククラシック(d10F)で、牡馬との初対決となったこの一戦を、彼女は8.1/4馬身差で快勝。牝馬最強ではなく、牡馬を含めても最強なのではないかとの声も飛ぶ、超絶なパフォーマンスだった。
6歳を迎えた今季も、緒戦となったサンタアニタのG3アドレーションS(d8.5F)、同じくサンタアニタのG1ヴァニティマイルS(d8F)を連勝。自身10度目のG1制覇を果たすとともに、一昨年の9月から継続している連勝を8に伸ばして臨んだのが、G1クレメント・L・ハーシュSであった。
最強牝馬の唯一と言ってよい弱点が遠征競馬で、前回敗戦を喫したのが4歳6月にニューヨークのベルモントパークに遠征して走ったG1オグデンフィップスS(d8.5F)。その前の敗戦が、3歳5月にケンタッキーのチャーチルダウンズに遠征して走ったG1ケンタッキーオークス(d9F)で、つまりは競走馬として完成された3歳3月以降、西海岸で走っている限りは14戦14勝の成績で来ていたのがビホールダーであった。
すなわち、負ける要素は見当たらなかったのだが、事件が起きた。
ビホールダーが、敗れたのである。
1番枠から好スタートを切ったビホールダーは、半マイル=47秒38という平均ペースで馬群を先導。2番手に付けていたのが、昨秋のG1BCディスタフ(d9F)2着馬ステラーウィンド(牝4、父カーリン、5.5倍の2番人気)で、同馬が3コーナーから進出し、3〜4コーナー中間で2頭の馬体がピタリと合い、一騎打ちへ。直線入り口ではステラーウィンドが頭差前に出た後、差し返したビホールダーが残り100mでは頭差前に出たが、最後に力尽きたのはビホールダーで、半馬身差の勝利を収めたのがステラーウィンドだった。
ビホールダーにとっては、2年1か月振りの敗戦である。
手綱をとったゲイリー・スティーヴンスはレース後、「言い訳の出来ない敗戦。勝ち馬を誉めるしかない」とコメント。今後について管理するリチャード・マンデラ師は、予定されていた8月20日のG1パシフィッククラシック参戦は、白紙に戻すとコメント。馬の状態をじっくりと見極める方針を明らかにしている。
ここを勝ってパシフィッククラシックに向かい、そこでカリフォルニアクロームと対決という、競馬ファンが描いていた夢は、残念ながら儚く終わる可能性が大きくなった。
競馬が難しいのか、牝馬が難しいのか。おそらくはその両方だろうが、牡馬と対等に戦う牝馬が各国各地に出現する時代を迎えているだけに、競馬がますます一筋縄ではいかなくなっていることは、間違いなさそうである。
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合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。
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