2016年08月27日(土) 12:00
「オーラ」を辞書的に言うと、「ある人物が発する独特の雰囲気。抜きん出た存在感や威圧感など」といったところか。
私は、オーラの大半は、それまでメディアで見ていた対象と(特に初めて)実際に会ったとき、瞬間的に得る既視感や、意表をつかれたことによる動揺、イメージとのズレによる違和感などが、受け手のなかで混じり合い、相手から何かが発せられているかのように感じるものだと思っている。
そうした作用を相手に生じさせ、多くの人にオーラを感じさせる人もいれば、知名度は高いのにオーラを感じさせない人もいる。
もちろん、メディアを通して見たこともないのに、特徴的な外観や動き、雰囲気などでオーラを感じさせる人も多い。
馬も同様で、種牡馬として日本にやって来たサンデーサイレンスに接した人の多くは、同馬の現役時代を知らなくても、全身から発せられるオーラを感じ取ったようだ。
私にもっとも強いオーラを感じさせたサラブレッドは、1988年の秋、オグリキャップとの「芦毛対決」でターフを沸かせたタマモクロスだった。そのオーラは、テレビや雑誌、新聞で見ていた既視感と重なるものではあったが、引退レースとなった同年の有馬記念で返し馬に入るとき、口を割って首を振り、馬銜の鳴る音を響かせながら前脚を踏み出して走り去った姿は、30年近く経った今でも「カッコいいサラブレッドの典型」として強烈なオーラを放ち、目に焼きついたままだ。
私が強く惚れ込んでいたぶん、そのオーラも眩しく感じられたわけだが、先述したように、オーラ、あるいはオーラとおぼしきものの大半は錯覚のようなものなので、あることをきっかけに消えてしまったり、また醸し出されているように感じたりするのは自然なことだと思う。
惚れ込んでいて、メディアを通して見てもいたのにオーラを感じなかった馬としてまず思い浮かぶのは、栗東・池江泰郎厩舎で見たメジロマックイーンだ。厩舎でマックイーンを初めて見たのは競走生活の晩年に近い時期だったのだが、「王者」「独裁者」といった競馬場でのイメージとは対照的に、馬房のなかで落ちつきなく動いているし、前を通る人にニンジンをねだるし……といった調子だったので、私は最初、別の芦毛馬かと思ってしまったほどだ。
しかし、その後、競馬場で武豊騎手を背にした姿を見たときは、近寄りがたいほどの凄みのあるオーラを発していた(私が受け取った)から、マックイーンはオーラを出したり引っ込めたりできる(そうしているように感じさせる)力を持っていたのだろう。
競馬場でも厩舎でも、何度も近くで見たディープインパクトは、全力で走っているときだけオーラを発する馬だった。普段は、体が小さめだったこともあって、威圧感はなかったし、顔も可愛らしかったし、洗い場で前脚をアイシングされているときはだいたい目を閉じて「フテ寝」していたし……といった具合で、親しみやすいキャラクターだった。
ところが、勝負どころから一気に加速してトップスピードに乗ったときの迫力には凄まじいものがあり、ドーンと大きな音をたてるような感じで、眩いオーラをまといながら私たちの眼前の空気の壁を突き抜けていくかのようだった。
それに非常に近い衝撃を、私は今年の弥生賞の直線で、マカヒキの走りから感じた。
管理する友道康夫調教師によると、マカヒキも、父のディープインパクト同様、普段からよく寝ているようだ。ダービーの日の朝もうつむいて瞑想していたというし、いつも寝藁を決まった場所に寄せてベッドにして横になったりと、こんなにおとなしく、落ちついた馬を管理するのは初めてだという。
父同様、全力で走るときだけ、オーラ発散のスイッチがオンになるのだろう。
8月21日にフランス入りしたマカヒキが、予定どおり9月11日のニエル賞に登録したというニュースを見て、あの馬からオーラを受け取ったときの感覚を思い出した。
マカヒキが出走を予定している今年の凱旋門賞から日本でも馬券が買えるようになるというから、ニエル賞ばかりでなく、フォア賞、ヴェルメイユ賞といった前哨戦の注目度も高まるだろう。
シャンティーの直線でも、眩いオーラを発するマカヒキの走りを見るのが楽しみだ。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所
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