2016年10月26日(水) 18:00
ウインバリアシオンはハーツクライ産駒で、今年8歳の鹿毛。ノーザンファーム生産馬で、青葉賞と日経賞を制し、日本ダービーや菊花賞、有馬記念、天皇賞(春)で2着の実績を残している。かのオルフェーヴルがいなければ2冠馬になっていたかも知れず、稀代の名馬と同世代に生まれてしまった不運の名馬とも言える。
現在、上北郡東北町の(有)荒谷牧場にて繋養されており、初年度を迎えた今年は35頭の繁殖牝馬に交配した。青森県下で繋養されている繁殖牝馬総数は100頭弱と言われており、もちろんこれは県内随一の多頭数交配である。
詳しい経緯は伺わなかったが、ウインバリアシオンは現役引退後、乗馬になるという計画があったところを、様々な紆余曲折の末に、県内の若手生産者が「ぜひ私たちのところで種牡馬にしたい」と強く希望したことから、青森県での繋養が実現したという。
「おかげさまで県内のみならず、北海道からも3頭でしたか4頭でしたか、こちらに種付けにわざわざお越しいただいて、ひじょうに良い形で種牡馬生活をスタートさせることができました」と事務局を務めるスプリングファーム・佐々木拓也さんは表情を綻ばせる。
佐々木さんによれば「何せファンの多かった馬ですから、できるだけ大勢のみなさんの前でお披露目させたくて、今年も9月末に八戸市場にて『お披露目会』を実施しました」とのこと。
函館や札幌などの競馬場では、生産地に近いせいか、イベントの一つとして種牡馬になったかつての名馬をパドックなどでお披露目するイベントがたまに行われるが、こうして競馬場以外の場所でわざわざ種牡馬をそこに連れて行って披露する試みは、あまり聞いたことがない。
荒谷牧場は、東北新幹線の七戸十和田駅から南東に3キロほどの場所にあり、周囲を松林に囲まれた静かな一帯に広がる。現在、繁殖牝馬を12頭繋養する傍ら、地元ではコンサイナーも手がける牧場として貴重な存在だという。
これ以上ないという上天気に恵まれた10月中旬のある日、佐々木さんの車でここに伺った。牧場を切り盛りするのは荒谷栄一さん(55歳)。夫人と栄一さんの両親の他、妹さんとその娘さん(姪)など一家総出で牧場の仕事をこなす。
牧場はよく整備されており、とりわけ目を引いたのは栄一さんの祖父が丹精したという庭の木々であった。築70年経つという住宅は和洋折衷で、それをぐるりと囲む生垣にも歴史の古さが見て取れる。
午後1時。きれいに手入れされ、荒谷さんに引かれたウインバリアシオンが姿を現した。
普通は、種牡馬になると扱いが難しくなると言われるが、ウインバリアシオンは思いのほか大人しく、従順であった。多少、遊びたがってじゃれついたりはするものの、立ち上がったり、噛みついたりというような悪さは一切しない。ハミもつけず、荒谷さんが上手にあやしながら、ホレッ、ホレッと声をかけ、何度か前後させたり、数メートル歩かせて場所を替えたりしているうちに、普通に立ちポーズをとってくれた。
過度に肉をつけないでいるという。たいてい種牡馬になれば、基本的には放牧だけで、現役時代ほどの運動量を確保できなくなるため、肉がついて太ってくるのが普通だが、確かにウインバリアシオンはまだまだスラリとしており、素軽い印象である。
ほとんど30分程度で撮影が終わり、拍子抜けするほどであった。「種付けは上手ですか?」と質問すると、「多少、繁殖牝馬が暴れても“余す”ことはありませんね」とのこと。
因みに、種付けは露天で行われるらしい。佐々木さんが必ず手伝いに来て、荒谷さんとともに交配を行うのだそうである。
「今年は初年度ということもあって頭数が集まりましたが、この勢いのまま来年も今年と同じかそれ以上の繁殖牝馬を集められたらと思っています。何にせよ、来春、どんな産駒が生まれてくるかがとても楽しみです」と佐々木さん。
ひじょうに大切に管理されていることが荒谷さんや佐々木さんの言葉からも十分伝わってきた。何より、荒谷さん一家のウインバリアシオンに対する愛情の深さを感じた。
ウインバリアシオンが青森で種牡馬入りしたというニュースが流れると、「なぜ北海道ではないのか?」「青森で大丈夫か?」といった前途を憂慮する声が確かにあったという。
しかし、35頭もの牝馬を集められたのは初年度としては上々のスタートで、いずれ「青森にウインバリアシオンあり」と注目を集めるような時代が来ることが2人の夢だという。
再来年の2018年の八戸市場には、ウインバリアシオンの産駒が上場されることになるだろう。「もちろん八戸市場の活性化にも寄与できれば良いと思っています」と佐々木さんは力強く語るのであった。
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田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。
プロフィール
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