天国と地獄?〜スキップジャック余話〜

2004年11月23日(火) 17:19

 去る11月13日(土)、東京競馬11レース「京王杯2歳ステークス」(G2)を制覇したのは9番人気のスキップジャック。父メジロライアン、母ヒカリクリスタル(その父ラッキーソブリン)の牡馬である。

 浦河・富菜牧場生産。母馬ヒカリクリスタルも同じく富菜牧場で生まれ、高崎競馬でデビューし、初戦のJRA認定競走を勝った後、南関東に移籍。通算15戦5勝2着2回、収得賞金4033万円という成績を残した。明け4歳時(現3歳)には「ゴールデンティアラ賞」(大井・牝馬限定重賞、ダート2000m)に出走し優勝(余談だが息子同様やはり9番人気だった)している“重賞ウイナー”である。

 スキップジャックは、そのヒカリクリスタルの2番目の産駒として2002年3月24日に生まれた。生産者の富菜勝美氏によれば、この馬は「前脚が曲がっていて売れ残ってしまった」馬だったという。1歳時に7月セレクションセール、8月サマーセールと二度の市場上場にチャレンジしたがいずれも「主取り」に終わり、かといって安く叩き売りすることはいやだったので、とにかく秋に育成牧場に入厩だけは済ませてそこで調教を積みながら購買者を見つける作戦に変更したのだそうだ。

 育成牧場は同じ浦河にあるディアレストクラブ。富菜氏は「馬を探している客がいたら誰でもいいから世話をしてくれ」と牧場側に依頼し、年明けまで吉報を待ったのだとか。

 しかし、なかなかこの冬季間は期待したほどの価格の商談にならず、結局のところ、調教でお世話になった育成牧場でこの馬を買い取ってもらうことになったのが2月のこと。今からわずか9ヶ月前の出来事である。

 ホッとしたのも束の間、今度は翌3月末に突然の不幸が富菜牧場を襲った。2月14日に出産を済ませていた母馬ヒカリクリスタルが、交配するために訪れたとある種馬場で、アテ馬の最中に後方に転倒し、けい椎を損傷して、わずか30分後にその場で息を引き取ってしまったのである。「ちょうど春休み中の娘を馬運車に乗せて連れて行ったのがかえって仇になり、帰りはずっとトネッ仔にも娘にも大泣きされて参りました」と富菜氏は振り返る。

 滅多にこんなことは起きないが、やはり稀に発生する事故である。すっかり落ち込んだ富菜氏だが、残された当歳の牝馬(父ブラックホーク)を何とかしなければならない、と思い直し、すぐ乳母を連れてくることにした。日高には、こうした事故に備えて、乳母をレンタルしてくれる牧場が数軒ある。多くの場合、中間種などの繁殖牝馬を出産させ、仔馬はミルクで育てて母馬を貸し出すという方法である。性格のきついサラブレッドなどの軽種馬は乳母には不向きだ。中には自分の出産した仔馬を「育児放棄」してしまい、やむなく乳母の世話になるような“名血”繁殖牝馬さえいるくらいだから。

 そんな苦労や不幸に見舞われた今年、富菜牧場にとっては散々な前半だったが、6月20日にスキップジャックが函館競馬場でデビュー勝ちしたあたりから有卦(うけ)に入ってきた。これで4戦2勝2着1回。母亡き後“孝行息子”は、早くも母の収得賞金を超え、来年のクラシック戦線も視野に入ってきている。おまけに、弟のサッカーボーイ産駒(1歳)が、クラブ馬主「U」の募集馬としてすでに「満口」になるという二重の喜びをもたらしてくれたという。

 家族で営む牧場に、今度は大きな幸運が舞い込んだのである。それにしても、こうなれば尚のことだが、ヒカリクリスタルの急死がいかにも惜しまれる。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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