地方競馬は“ダービー”が濃い!/井上オークス

2017年05月26日(金) 00:00 21

「地方って、スゴい。」

▲NAR特設サイト「地方って、スゴい。」との連動コラム

「競馬が、濃い。」をコンセプトに、コラムや動画で地方競馬の面白さを伝えるSP企画! 最終回は競馬の花形レース"ダービー"に注目。全国各地で繰り広げられる一生に一度しかない晴れ舞台の歴史を井上オークスさんならではの視点でご紹介!(文:井上オークス)


ダービーアドレナリンで、体脂肪が燃える!?

 地方競馬の「ダービーウイーク」が、「ダービーシリーズ」に生まれ変わる。今年から高知優駿と石川ダービーが加わって、「4週間で8つの夢が咲き競う」というではないか。これはすなわち、ダイエットチャンスの到来である。

 私は何度か、全国ダービー行脚をしたことがある。初めて6つのダービーを現地観戦した時は、夜行列車で移動するなどした反動で、5キロ痩せた。さすがにヘバッたので、次は飛行機を使って楽をした。それでも3キロ痩せた。昨年はダービーとダービーの間隔が開いていたので、「3週間で6つのダービーなら、ぜんぜん痩せないだろうな~」と思っていた。ところがやっぱり、3キロ痩せた。

 転戦中は、こってりした競馬場グルメ(佐賀の豚骨ラーメンとか名古屋の味噌カツとか)をバクバク食らう。にもかかわらず、痩せる。なぜか。それは各地のダービーの熱気を肌で味わいながら全力で予想を行い、興奮して「差せ~」とか「そのまま~」とか叫んだり、大喜びしたり崩れ落ちたりすることで、カロリーがガンガン消費されるから。ダービーアドレナリンが、体脂肪を燃やすのだ。

扇の舞姫と歓喜のハグ/九州ダービー栄城賞2009

「地方って、スゴい。」

▲2009年九州ダービー勝ち馬・ギオンゴールド

 地元・佐賀のギオンゴールドVS高知からの刺客・グランシング。直線は鬼気迫る一騎打ちで、大歓声が沸き起こる。そして中島英峰アナウンサーの低音ボイスがうなりを上げた。

「栄(さかえ)の国の扇の舞姫、ついに栄城賞をも制しました!」

 額のキュートな扇マークがトレードマークのギオンゴールドが、先頭でゴールを駆け抜けた。

 当時30歳の倉富隆一郎騎手にとって、嬉しいダービー初制覇。

「4コーナーでは内から来た馬がグランシングだとわからないほど、夢中で追っていました。出入りの激しい難しいレースでしたが、彼女のおかげで勝つことができました」

 九日俊光調教師が、倉富騎手にヒシと抱きついた。続いて厩務員さんにも抱きつく。単勝1.0倍のプレッシャーから解き放たれたダービートレーナーは、あらゆる人に抱きついて、喜びを分かち合った。ダービーって、本当に特別なレースなんだと思う。

 南関東の短距離戦線でも活躍し、繁殖入りしたギオンゴールド。ロージズインメイとの間に生まれた初仔は女の子で、今年2歳。デビューが待ち遠しい。

奇跡の結晶、クラキンコ/北海優駿2010

「地方って、スゴい。」

▲2010年北海優駿勝ち馬・クラキンコ(写真提供:NAR)

 北斗盃、北海優駿、王冠賞を制し、ホッカイドウ競馬史上初めてとなる「牝馬による三冠制覇」をやってのけたクラキンコ。クラキンコには、競馬のロマンが詰まっている。

 まず、クラキンコがこの世に生を受けたこと自体が、奇跡のような出来事だと思う。父のクラキングオーは、レース中に大怪我を負った。オーナーの倉見利弘さんが営む倉見牧場で療養生活を送ることで生命の危機を脱したが、患部の右前脚を癒した期間は、なんと3年。こうして種牡馬となったクラキングオーは、クラシャトルという牝馬に初めての種付けを行った。そして生まれた待望の第一子が、クラキンコである。

 父のクラキングオーも母のクラシャトルも、北海優駿を制した馬。父も所属した堂山芳則厩舎で鍛え上げられたクラキンコは、「ダービー馬はダービー馬から」という格言を、ダブルで体現してみせたのだった。その後、6歳まで第一線で活躍して繁殖入りし、2015年に父キングズベストの男馬を、2016年に父アドマイヤムーンの女馬を出産。受け継がれた血脈が、新たなドラマを紡ぎ出す。

完勝の涙/東京ダービー2014

「地方って、スゴい。」

▲2014年東京ダービー勝ち馬・ハッピースプリント(写真提供:NAR)

 さわやかな笑顔を浮かべて、ポンポン勝ちまくる。だけど私はだまされない。追える騎手は? と問われてパッと脳裏に浮かぶのは、金沢の吉原寛人騎手だ。当代随一の豪腕ジョッキーだと思う。

 しかしハッピースプリントの手綱を取った東京ダービーでは、吉原騎手が豪腕を発揮する場面がなかった。道中は冷静沈着に折り合って、ゴーサインを出せば瞬時に抜け出した。単勝1.1倍の圧倒的一番人気に応える完勝劇だった。吉原騎手は南関東以外に所属する騎手として、初めての東京ダービー制覇。的場文男騎手は今年も勝てなかったけれど、持ってる人はサラリと勝つものだなあ。なんてことを思いながらたそがれていると、勝利騎手インタビューが始まった。

 驚いた。吉原騎手が泣いている。涙があふれて、何度も言葉に詰まっている。私はあらためて思い知った。ダービーはやっぱり、特別なレースなんだ……。

 2015年の浦和記念を制覇したハッピースプリントは、その後も重賞戦線で奮闘中。復活を期待したい。

強さを引き立てる吉田節/兵庫ダービー2006

「地方って、スゴい。」

▲2006年兵庫ダービー勝ち馬・チャンストウライ

 まず、吉田勝彦アナウンサーの実況でレースを振り返ろう。

「ジョイーレとチャンストウライ、この2頭の競り合いとなって4コーナー、鞭を飛ばして川原、懸命に内でジョイーレ、外は下原ですチャンストウライ! チャンストウライは園田で3戦3勝の馬、ジョイーレが必死に抵抗する! あとは3番手以下お~おきく遅れました、その3番手にウインドファンタジ、先頭はチャンストウライ! その差がクビ、クビから半馬身と差をつけてゴールイン!! 下原です、チャンストウライです、ジョイーレ2着です――」

 私はメイセイオペラ産駒のジョイーレの単勝を握りしめていた。なのになぜだか、晴れやかな気分。その理由をしばらく考えて、ハッとした。吉田さんの実況に、チャンストウライの強さを納得させられたのだった。

 佐賀記念などを制し、兵庫を代表する名馬となったチャンストウライ。現在は高知県の土佐黒潮牧場で、功労馬としておだやかに暮らしている。

キトキトの強さに唸る/東海ダービー2016

「地方って、スゴい。」

▲2016年東海ダービー勝ち馬・カツゲキキトキト

 思わずヒエッと声が出た。単勝1.2倍の1番人気に支持されたカツゲキキトキトが、スタートで出遅れてしまったのだ。しかし鞍上の大畑雅章騎手は慌てることなく、中団5~6番手でレースを進めた。そして3~4コーナーで一気に先頭に立つと、瞬く間に後続を突き放した。直線は悠々ひとり旅で、出遅れをものともせず、7馬身差の圧勝劇をやってのけた。

 大畑騎手はデビュー16年目で、ダービージョッキーの称号をつかんだ。

「馬がとっても強かったです。以前はまだしっかりしていない面があったのですが、厩務員さんが手をかけてくれたおかげで、ものすごく変わってくれた。まだまだ上を目指せると思います」

 錦見勇夫調教師は、笑顔で愛馬を称えた。

「この馬のいいところは、競馬場の装鞍所やパドックで落ち着いとるところ。入れ込むようなところが、まったくないんです。余分な力を使わんもんで、そのぶんレースで力を発揮できる。厩舎ではヤンチャなんですけど、レースになるとぜんぜん雰囲気が変わる。やっぱりそれだけの素質があるんだと思います」

 ダービー快勝後、強い馬と戦うことでますます力をつけたキトキトは今、交流重賞で好走を重ねている。ダートグレード制覇も、キトキトならきっと!

無敗の怪物候補生/岩手ダービーダイヤモンドカップ2015

「地方って、スゴい。」

▲2015年岩手ダービーダイヤモンドカップ勝ち馬・ロールボヌール(写真提供:岩手県競馬組合)

 トウケイニセイ、メイセイオペラ、トーホウエンペラー。かつて岩手競馬は、偉大な名馬を輩出した。だから昔から岩手競馬を見てきた人は連勝馬が現れても、おいそれとは騒がない。だけどこの時ばかりは、みんなの目の色が違った。

「ついにメイセイオペラの後継者があらわれた」

 5戦5勝の怪物候補生・ロールボヌールは、期待を一身に背負って、岩手ダービーダイヤモンドカップに臨んだ。結果は影をも踏ませぬ逃げ切り。ほとんど馬なりで、10馬身差の圧勝劇。しかも2分8秒5という好タイム。初めての2000mも、難なくクリアした。これで6戦無敗。奥ゆかしい東北の人々が、異口同音に言った。

「この馬なら、オペラを超えられるかもしれない」

 大きく膨らんだ夢は、ロールボヌールが屈腱炎を発症したという知らせによって、はかなく霧散した。とても切ないことだったが、みんなでワクワク感を共有する幸せは、私の中にくっきり残っている。

 そして無敗馬の戦いは、今も続いている。ロールボヌールは、レース復帰を目指しているという。

10年越しの余韻/フリオーソの子どもたち

「地方って、スゴい。」

黒潮皐月賞の勝ち馬・フリオーソ産駒のフリビオン(写真提供:高知県競馬組合)

 勝った馬だけでなく、負けた馬の姿も、強く記憶に残っている。たとえば2007年の東京ダービーで、アンパサンドにクビ差敗れたフリオーソの後ろ姿。なんとも寂しそうで、胸が締め付けられた。しかしフリオーソはあの敗戦を糧に、ジャパンダートダービーを制した。その後の活躍は周知の通りで、地方競馬を代表する名馬に成長した。

 昨年から、フリオーソ産駒がレースを走り始めた。子どもたちは各地で続々と勝ち上がっている。高知の黒潮皐月賞を鮮やかに差し切ったフリビオンは、高知優駿でどんな走りをするだろうか。金沢のペイシャギンコは、石川ダービーに出てくるかな?

 とまあ、ダービーの楽しみ方は、とどまることを知らないのであった。特別なレースだから、予想も余韻も、すべてが特濃。ああっ、早くも体脂肪が燃えてきた!

(了)

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