アラブ補助金不正事件

2005年02月08日(火) 19:57

 地方競馬を巡る動きは「一難去ってまた一難」と表現するしかないほど実に目まぐるしい。先週の3日に岐阜県の梶原知事が一年間の条件付ながら笠松競馬の存続を正式に表明し、とりあえずの廃止は免れた。むしろ大変なのはこれからだろうが、少なくとも廃止反対の立場で昨秋より活動し続けてきた厩舎関係者や一部のファンにとっては何よりの朗報となったことだろう。私もずいぶんいろいろな方々からメールや電話をいただき、笠松問題の関心の高さを知らされた思いがする。

 さて、その笠松問題が決着するのを待っていたかのように、今度は福山競馬におけるアラブ系競走馬購買にまつわる不正疑惑が浮上し、ついに逮捕者まで出たとのニュースが同じ2月3日に伝わってきた。

 事件の舞台となったのは、2002年9月北海道市場における「アラブ1歳」のセールでのことだという。地元紙などの報道を総合すると、この時、福山競馬の馬主二人が、自身の「子分け馬」を生産牧場の所有馬と偽り、同市場にて各々300万円で落札。その際にJRAより支給された補助金を各々180万円ずつ詐取したという容疑である。

 「子分け馬」とは、簡単に言えば「馬主が所有する繁殖牝馬を生産牧場に預け、種付け料は馬主が負担し、当該馬から生まれた産駒を一定の評価額にて馬主が引き取る」制度である。以前は日高などの中小牧場にはずいぶんこの形態で大手馬主の繁殖牝馬が預けられていた。むろん私の牧場でも、どちらかというとこうした契約の繁殖牝馬が主流だった。

 馬主側のメリットとしては、「競走成績を残した自己所有牝馬を繁殖牝馬として供する場合」にこの形態が採用され、生産コストを抑制するために有効な方法だとかつては考えられていた。

 一方の生産牧場側は、まず繁殖牝馬購入の資金が不要で、不受胎や事故などの際にも損失が軽減されるというメリットが挙げられる。種付け料の負担もなく、たとえ価格は安価でも、確実に生産馬を引き取ってもらえるメリットは大きく、営業や販売などの苦労から解放される利点もある。だが最近はこうした繁殖牝馬を預ける馬主が激減しているとも言われる。理由はいろいろあるが最大の原因は「繁殖牝馬を所有するよりも、1歳馬を市場などで購入した方がずっとコストダウンになる」ということだろう。いずれまたこの問題については触れたい。

 さて、説明が長くなった。こうした「子分け馬」は、サラブレッドがほとんどだとばかり思っていたのだが、今回は、アラブにもそういう例があったことを事件報道で知った。

 周知の通り、広島県福山競馬場は、今や日本でもここだけとなってしまった「アラブだけの競馬場」である。以前は中央競馬を筆頭に、全国各地の地方競馬でアラブ系のレースが実施されていた。それが1995年に中央がアラブ競馬から撤退したのを機に、地方競馬でも一気に「アラブ離れ」が加速し、現在アラブだけのレースはここ福山と高知、荒尾などの数ヶ所を残すのみとなっている。

 さて、中央がアラブ系のレースを廃止した1995年より2002年までの8年間、「アラブ競馬の振興」のためJRAは総額12億8000万円に上る補助金を拠出した。今回の詐欺事件の舞台となった2002年の場合、広島県馬主会には56頭分、合計1億80万円が交付されたという。補助金の対象となったのは市場にて300万円以上で購買されたアラブで、それぞれ180万円という金額が助成された。

 またこの補助金とは別に、当時福山競馬では広島県馬主会に対し、市場で購買した200万円以上のアラブにも独自の予算を組んで100万円の補助金を出しており、この二つの補助金をフルに利用して2002年の市場はほとんど広島県馬主会の独壇場だった感がある。落札価格も300万円と200万円の二通りの場合が多く「ほとんど一声で落ちた」(ある生産者)ケースが目立っていたという。

 その証言を裏付けるように、HBA日高軽種馬農協の2002年度市場取引結果を閲覧すると、広島県馬主会の購買したアラブ1歳馬は確かに補助金交付ギリギリの金額(300万円と200万円)での落札が目立つ。これはどう考えても、市場に先立ち馬主会内部で何らかの調整を行い、談合してセリに臨んだとしか考えられない結果なのだが、問題はそんな「談合疑惑」ではなく、もっと深いところにある。一つは今回発覚したように馬主が「子分け馬」を上場させておいて、補助金交付規定ギリギリの価格で落札し、180万円の補助金と自己資金120万円を加えた300万円の馬代金をまず支払った後に、全額自分の手元に代金を還流させるという不正行為。この場合、生産者には別に定めた馬代金(おそらく180万円を上回らない金額だと思われる)を後日支払うことになるわけだが、補助金のおかげで馬代金は無料となり、これほど美味しいことはなかろう。地元紙の取材に応じた複数の生産者が「儲けはまったくなかった」と証言しており、詐欺幇助(ほうじょ)?の役割を押し付けられていながら、生産者側にとっては何のメリットもなかったことがこれで知れる。

 残念ながらこうしたケースが、今回逮捕に至った馬主だけではなく、実はかなり広範囲に及んでいたらしい疑惑は否定できないのである。(以下次週に)

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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