赤信号みんなで渡れば・・・福山補助金問題

2005年02月15日(火) 19:22

 先週に引き続き、福山競馬のアラブ補助金不正事件について書く。

 事件発覚後、数人のアラブ生産者に電話と面談による取材を行ったが、やはりそれぞれ市場におけるアラブ補助馬購買を巡って、不正行為が蔓延?していた実態について語ってくれた。ある生産者は、「団体購買の8割は怪しいと思う」と言い、またある生産者は「間違いなく半分以上は不正があるはずだ」とも指摘する。極端な例では「アラブなんて下工作(つまり市場上場前の庭先取引という意味である)をしなければまず市場では売れないと思っていて差し支えない」とまで言い切る生産者さえいたほどだ。

 すでに逮捕された2人の馬主も「自分たちだけではなく、他にも同様の行為を行っている人間がいる」と供述しており、これらのことから推測できるのは、かなり広範囲に以前から不正がはびこっていたという事実である。

 地元の中国新聞によれば、今回問題になったJRAからの補助金とは別に、主催者である福山市からの補助金制度が1989年より始められ、2004年までの16年間に約800頭に対し計7億3700万円が交付されてきたという。同紙の資料開示請求により明らかになった1994年以降2004年までの11年間に、逮捕された2人の馬主に対しても、それぞれ5頭ずつ計10頭、総額で920万円の補助金が市より交付されたことが判明している。

 他の地方競馬と比較すると、いかに福山競馬の馬主が恵まれていたかと驚かざるを得ない。改めて市場取引結果を見てみると、問題になっている2002年度だけに限っても、JRAからの補助金が56頭分(1億80万円)に加え、市からの補助金もざっと計算すると40頭分は出ていたと考えられる。合わせて100頭にも及ぶ補助金の大盤振る舞いは結果的に馬主だけに利益をもたらし、生産者には何ら益することなく終わった訳である。

 ある生産者は忘れられない場面を二つ記憶している。一つは、数年前の市場でのこと、たまたま通りかかった広島県馬主会の部屋の前で、開いたドアの中から「この○○番の馬はわしが落とすことになっているから」と声高に「談合」する様子が漏れ聞こえて来たこと。そしてもう一つは、やはり同じ頃に、市場のロビーでのある生産者と購買者(広島県馬主会かどうかは分からずというが)との間で交わされていた会話である。「いつまでこんな馬鹿な落札の仕方をする気なのか?」と詰め寄る生産者に「まあまあ」と苦笑いを浮かべながら困惑気味に対応する馬主の表情が忘れられないと、語っていた。

 そのエピソードを伝えてくれた生産者によれば、1995年から2002年までのJRA補助金の恩恵を受けた団体購買馬(広島県に限らない)の中には、自身の生産馬はもちろんのこと、多くの友人知人の生産馬も混じっており、それらのアラブ達のほとんどが「庭先取引」の後に市場で落札されたケースであるとはっきり証言している。「子分け馬」は少数派で、むしろ生産者の所有馬を上場するケースが多かったはずだが、購買者側からしきりに「アラブなんて、もうこの先見通しは暗い」「今、売っておいた方が絶対に得だ」「売れ残ったら二束三文にしかならない」などとアラブ生産を取り巻く環境の厳しさを強調され、「俺達が買わなければ、もうアラブを買う人間などいない」という“殺し文句”で、ほとんどの生産者が「説得」されて庭先取引に応じていた実態を聞かされた。

 JRAの補助金は、「アラブ競馬の振興」と「アラブ生産の維持」という2つの目的のため、8年間にわたり交付され続けてきた。300万円以上の市場落札馬に対し180万円の補助金は破格である。果たして、JRA側に「金さえ出せば文句はあるまい」とでもいうようなチェック体制の甘さがなかったか。そもそも市場結果を見て一律にずらりと並んだ300万円という落札金額を不自然だと思わなかったわけではあるまい。

 その300万円が、通常通りの取引により生産者に代金として支払われていたのならば、いくら何でもここまで生産頭数が急激に減少してしまうことはなかったものと思われる。「300万円で売れた友人に、『おめでとう』と声をかけても、表情は硬いままで全然嬉しそうにしていなかった」とは、多くの生産者が口を揃えて語る市場風景である。また、日高のある農協では、市場での販売代金が入金した直後から、馬主(落札者)へ代金の一部を“還流”させるための手続きに訪れる生産者への対応に追われていたことを認める元担当者もいる。

 ところで、長年にわたり馬主会へ補助金を交付し続けてきた福山市も、今後の対応が焦点になるだろう。JRAの補助金と合わせると、累計1000頭以上にも及ぶ補助金交付の「歴史」があるのだ。どこまで調査をし切れるものか、今後の展開を見守りたいと思う。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

新着コラム

コラムを探す