宇都宮競馬廃止と生産地

2005年03月15日(火) 18:31

 3月14日、栃木県の宇都宮競馬場が56年の歴史に幕を閉じた。

 平日にもかかわらず、この最後の日となった14日は、同競馬場は普段の3倍という6688人のファンが詰め掛け、1億6049万円を売り上げた。これで、北関東地区の地方競馬はすべて姿を消し、南関東以北の本州では、岩手県を残すだけとなった。

 参考にするつもりで翌15日付けのスポーツ紙をいくつかまとめ買いしてきたが、もはや地方競馬廃止はそれほど衆目を集めることのないニュースなのか、各紙の扱いも小さい。しかも、スポーツニッポンと日刊スポーツに至っては、まるで示し合わせたかのようなかなり似通った記事になっており、いささかガッカリさせられてしまった。

 まず日刊スポーツを引用する。「スタンドには通常開催日の3倍近い6688人が詰め掛け、午後4時に最後の『とちぎ大賞典』が出走すると、熱心に声援を送った。閉場セレモニーの後には馬場を開放し、ファンが騎手にサインや記念撮影を求めていた。東京から仕事を休んできたという会社員の男性(35)は、『寂しいけれど、赤字なので仕方がありません』と話した。宇都宮競馬は最近6年間で約41億円の累積赤字を抱え、昨年10月に廃止が決まった。場外馬券の発売は今年12月まで続けるが、競馬場の跡地利用については決まっていない」

 次に、スポーツニッポンの記事。「通常開催の3倍近い6688人が詰め掛ける中、午後4時に最後のレース、10R『とちぎ大賞典』がスタート。(中略)閉場セレモニーの後には馬場が開放され、ファンと騎手がサインや記念撮影などで交流し別れを惜しんだ。仕事を休んで東京から訪れた男性会社員(35)は『寂しいけれど赤字なので仕方ありません』と肩を落としていた。宇都宮競馬は03年度までの赤字額が41億円となり昨年10月に廃止が決定していた。他場競馬の場外発売は今年12月まで行うが、競馬場の跡地利用については決まっていない」

 うーん、これはどうしたことか?と首を捻りたくなるような酷似した記事である。とても偶然とは思えない。この「35歳、仕事を休んで東京からきた男性会社員」はおそらく同一人物だろう。まあ、どうでもいいことだが…。

 バブル時代に幕を閉じた紀三井寺以降、やや時間を置いて中津(2001年)に始まった地方競馬の廃止連鎖現象は、わずか5年の間にこれで8ヶ所目となった。中津、益田、新潟、三条、上山、足利、高崎そして宇都宮である。地全協のまとめた「地方競馬競走統計」によれば、平成15年度における2歳馬の出走実頭数は、地方競馬全体で3087頭。そして4年前の平成11年度には、全国で2歳馬が4548頭も出走していた。この間に相次いだ廃止の影響を受けて、地方競馬に出走する2歳馬の数はほとんど三分の二にまで激減したことになる。これが、さらに平成16年度そして17年度と進むにしたがって、減ることはあっても増えることはあるまい。

 一方の中央競馬は調教師の管理馬房数の3倍まで登録が認められるようになったことからか、同じ4年間の推移は11年度2902頭から15年度2549頭まで増加している。しかし、地方競馬の激減を埋めるまでには至っていない。第一、預託料などのコストがまるで違うため、単純に所有馬を「地方入厩」から「中央入厩」にスイッチできる馬主は限られているだろう。

 何より、生産地にとっては、凡庸な血統の生産馬や牝馬の行き先がこれでまた一つ(いや高崎と合わせると二つである)なくなってしまったことになる。空前の人と馬の大量余剰時代が到来しようとしている。廃止された競馬場を追われた厩舎関係者の“その後”を正面から取り上げて取材したルポルタージュはまだ発表されていないが、どなたかこの仕事をやっていただけないものだろうか?

 そして、こうした需要の減少は、いよいよ日高の生産者を直撃することになるだろう。「今年はかなりの数の牧場が廃業に追い込まれるのではないか」との声がもっぱらだ。現に10年ほど前、地方競馬の頂点を極めたある名馬を生産したN牧場も、昨年末で馬産から足を洗ったことを先日知った。数回お邪魔したことのある家族経営の小規模牧場だが、「もう限界だと思い、決意しました。これ以上生産を続けていては、本当に立ち直れなくなると悟ったのです」というN夫人の言葉が記憶に残っている。

 よくぞ思い切ったものだ、と驚くしかないのだが「馬で作った借金は馬でしか返せない、とみんな言いますが、馬の借金は、馬では絶対返せない、と言い換えなければならないと私は思いました」という“名言”を発していたことも付け加えておきたい。とにかく、大変な時代に突入したことだけは間違いない。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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