2017年11月01日(水) 18:00 19
◆生まれてから最後まで見届けられるのが調教師という仕事
松田博資元調教師が、よくこう言っていた。
「自慢じゃないが、俺は馬主さんに馬を“買ってください”と頭を下げたことはない。“預かってくれ”と頼まれた馬を走らせて、楽しんでもらうのが仕事だからな」
いろいろ誤解を受けそうな言い回しだが、要は「俺は請け負う形でいい」が、この名伯楽のスタンス。「馬を選ぶのは馬主の楽しみ」という基本線を崩さず、それでいて「頼まれた馬は早めに見て、危なっかしいところなどは先に説明しておく。そうでないと、馬主も“どうして急に、おかしくなった”ってなるだろ」と“アフターケア”を怠ることはなかった。
これとは対照的だったのが伊藤雄二元調教師。「生まれ落ちた瞬間に、その目を見て“走る”と確信した」というエアグルーヴ誕生にまつわるエピソードに象徴されるように、自らが見初めた馬をオーナーに提示し、買ってもらうことを「調教師の仕事」として組み込んでいた。
名伯楽2人のスタイルの違いは優劣をつけるものではないのだろうが、一個人として、よりやりがいがありそうに感じるのは後者。自ら生産にも携わり、生まれた馬を預かり、そして鍛える…。実にロマンに満ちた仕事ではないか。
ご存じの通り、現在の調教師を取り巻く環境は、名伯楽2人の時代とは大きく変化した。よりシステマチックな“請負型”が当たり前になってきたが、一方では「牧場の関係者もトレセンのスタッフも、それぞれ、そこでしか馬を見られない。そんな中にあって、生まれてから最後まで見届けられるのが調教師という仕事」という強い自負を持ったトレーナーも、まだまだいる。
2歳世代が好調な滑り出しを見せている野中調教師も、その中の一人。今でも忘れられないのは、開業当時にしてくれたこんな話だ。・・・