2005年05月10日(火) 19:28
出産はほとんど終わり、種付けも後半戦に突入した。今年のゴールデンウィークは日高の桜開花と重ならなかったので、それほどひどい渋滞にもならなかったと聞く。やれやれ。
とはいえ、とにかくこのところ寒い。北海道の東部や北部では雪の降ったところもあるくらいで、季節はほぼ2ヶ月程度も逆戻りした感がある。今日など晴れていても日中の最高気温はおそらく7度か8度。これでは桜前線も足踏みしたままだろう。
さて、春のG1戦線がピークを迎えつつある。オークスとダービーを控え、もっとも競馬が盛り上がる季節になってきた。しかし、周知の通り「社台一色」の傾向がますます顕著となり、相対的に日高の地盤沈下が目に付く。
コスモバルクのクラシック参戦で湧いたのは去年のことだが、今年はそういう「庶民派ヒーロー」が不在で、社台グループ内の争いになってしまっているG1ばかり。日高の生産馬は文字通り「出る幕のない」有様なのだ。
こうした傾向は果たしていつまで続くのだろうか?判官贔屓のファンは「社台ばかりで競馬が面白くない」と言うが、誰が何と言おうと、これは100%勝負の世界のこと。強い馬が勝ち、弱い馬が負ける、ただそれだけのことである。残念ながら、日高の馬は社台グループの生産馬に容易なことでは勝てない時代になってきたという厳然たる事実だけがある。
そんな環境下で、日高の生産者は馬産を続けなければならない。かつて青森県の生産馬が中央競馬を席巻していた時代があったが、栄華は長く続かず、やがて生産の主流は日高に移ってきた。日高が日本の競走馬の主たる生産地であるのは今も変わらないとはいえ、それはあくまで頭数だけのことになりつつある。現在、G1競走で“主役”を務めるのは、前述したように完全に「胆振管内」の馬たちである。
そうした時代の流れを敏感に察知しながらも、日高の生産者はその多くが有効な戦略を立てられぬまま、ほとんど惰性のような感覚で生産を続けている。より正確に表現するならば、「続けざるを得ない」と言うべきか。
多くの牧場が収入より支出の方が上回る赤字体質に転落して久しい。他の業界ならば、経営難に陥った時点で金融機関が何らかの最後通告を行い、法的手段をもってその事業者を“整理”するのが普通だ。しかし、どういうわけか、日高の生産者は、これまでずっと返済不能の債務を背負ったまま、ひたすら強気に生産を続けてきた。右肩上がりの時代には負債もそれほど深刻な問題ではなかったのだろうが、ここへきて、世の中はインフレどころかデフレ時代である。借金の重さが、ますます肩に食い込む辛い時代になってしまったのである。
私の加入する「ひだか東農協」は組合員戸数がおよそ600余。貸付金は計242億円に達する。600戸のうち、競走馬生産を生業にしているのはそのうちの半数。およそ300戸ほどである。貸付金のほとんどはこの「馬の牧場」が借りているだろうと言われており、単純に割り算すれば約8000万円。これはあくまで平均だ。
競走馬生産は多額の資金が必要だ。もちろん、誰しも農協からの融資がなければ生産事業を継続などできない。問題は、「多額の借金」なのではなく、「返済不能の借金」なのである。
「返したくとも返せない」と多くの生産者は言う。もちろん、「借りた人間ばかりが悪いのではない」ことは分かっている。貸した側の責任だって大きい。しかし、「借りたものは返す」ことで世の中の経済は成り立っているではないか。しばしば「借金返済の意思さえない」組合員の存在が目に付く。担保以上の債務を抱えていると、かえって立場は強くなると見えて「取れるものなら取ってみろ」と居直りに近い態度を示すようになるとも聞く。また「強い馬を作るためには借金など恐れていられない」とうそぶく。
我が農協ばかりではないはずだが、実はこうした精神構造の生産者を何とかしなければいずれJAバンクは「JAパンク」になることは明らかである。競走馬生産からの複合化、転業化などの「営農指導」が果たしてどれほどの効果を上げられるものか、私自身はかなり懐疑的に受け止めている。「馬で作った借金は馬でなければ返せない」と以前は言われていた。しかし、今はもうそんな台詞は御伽噺にしか聞こえない。「どうあがいても返済は不可能」なのである。
ではなぜ、そんなにまでして「競走馬にこだわる」のか?惰性のように依然として馬の生産を続ける本当の理由は何か?一攫千金を狙っているというより、おそらくは「他にできることがないから」また「そんな意欲もないから」というあたりが本音に近いのではあるまいか。
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田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。