2018年10月02日(火) 18:00
▲念願だった自分の居場所で馬たちと暮らす船橋さん(写真提供:Creem Pan)
東日本大震災時は北海道の太平洋岸にも津波が押し寄せ、東北ほどではないにせよ被害が出た。船橋さんが子供を預けていた保育所が沿岸にあったことから、津波をともなう地震がまた発生するかもしれないという不安があった。また船橋さんの妻が往復約100キロを毎日車で走って勤務先に通うという生活にも無理を感じ始めていた。それをきっかけでそれまでの生活形態を変えようと決めた船橋さんは、2012年3月に北海道日高町の加藤ステーブルを退職した。船橋さん一家が向かった先は、岩手県西根町(現・八幡平市)にあるクラリー牧場だった。
「クラリーさんとは昔からの知り合いで、牧場を継いでほしいというお話があり、引き継ぐことにしました」
こうして船橋さんは、念願だった自分の居場所を得ることができ、愛馬グレートカブキの面倒をみながら仕事ができる環境になった。
「とは言え震災の翌年でしたので、経済環境は厳しいものがありました」
クラリー氏からの要望もあり、船橋さんは観光客を乗せる用の馬を北海道から岩手に連れて行ったが、客足は思うように伸びなかった。
「岩手に移ってきてすぐに、経営に行き詰まりました。元々牧場にも馬がいましたし、北海道からも連れて来た馬もいましたので、馬を減らさないといけないとも思ったのですが、せっかく馬を連れてきたのに馬を減らしたら意味がないということで、じゃあ堆肥を何とかしようと動いていたら、近くの農家さんから堆肥があるなら譲ってほしいと言われて、堆肥を持っていったら牧草を譲ってくれました。クラリー牧場の目の前には大きい園芸店があって、苗やバラなどを買われたお客さんが堆肥を買いたいとやって来られたこともあり、4月5月あたりは農家さんだけではなく一般の方も堆肥を買って行かれました。こうして現金も入ってくるようになりました。馬は物々交換で牧草を食べられますし、人の方も現金を何とか確保できる…。そのあたりからですね、堆肥を一生懸命やれば何とかなるかもしれないなと思い始めたのは…」
▲周囲との関わりあいが、馬の堆肥を使った事業を始めるキッカケに(写真提供:Creem Pan)
「実際に農家さんには馬の堆肥が1番良いと必ず言われますし、実際に使ってもらったら、その分お野菜もたくさん頂けますし(笑)。今も余裕ないですけど(笑)、当時は本当に余裕がなくて、そんな中、お野菜や牧草をもらいながらやっていました。ホント、馬の堆肥があったから、その地域の周辺の方々に面倒をみてもらっていたという感じです」
今でこそジオファームは数々のメディアにも取り上げられ、東京の「銀座ミツバチプロジェクト」において、銀座のビルの屋上庭園緑化にもジオファームの堆肥は使われるなど、認知度が上がっている。栽培されるマッシュルームの味の評判も上々だ。この堆肥&マッシュルーム作りには引退した元競走馬を含めて21頭が貢献しており、その中には藤沢和雄厩舎の管理馬としてオープンでも活躍したシンボリエンパイア(セン9)や、初回に紹介したこれから貢献するであろう2015年の京成杯(G3)勝ち馬のベルーフ(セン6)もいる。だがほんの数年前は、馬の食べる牧草も少なく、現金収入も乏しい時期がジオファームにはあったのだった。
▲2015年オアシスSで競走中止し、そのまま現役引退となったシンボリエンパイア。ジオファームで元気に第二の馬生を送っている(写真提供:ジオファーム八幡平)
その苦しい時期を馬糞堆肥に助けられた船橋さんは、堆肥作りに本格的に取り組むようになった。
「2年目はうまくやらないといけないと考えて、春に向けて2012年の秋、冬に堆肥を発酵させて温度管理をして仕込みをしました」
ところが東北地方の冬場は気温が下がる。
「堆肥の切り返しをすると、寒過ぎて温度が下がってしまって熱が上がってこないことが多々ありました。堆肥に関しては大学と共同研究もしていましたし、地元の培養土の業者さんに相談もしていたのですが、八幡平市に温泉熱を使ったハウスがあるから、そこを使ったらどうかとアドバイスを頂いたのが、2012年末から2013年にかけてでしたね。そこから堆肥作りに地熱を使用することを2013年に考えました」
船橋さんの素晴らしいところは、アイデアを必ず行動に移すということだ。
「八幡平市にある地熱ハウスは、商業稼働としては日本初の松川地熱発電所。そこから蒸気が噴き出してタービンを回します。その蒸気が松川という川と混合されてお湯になり、その下にある八幡平温泉郷の温泉施設に温泉としてグルグル回っているんです。その温泉水の温度がだいたい50〜60度くらいあって、そのお湯を使った地熱ハウスがあるんです」
「そこで資源エネルギー庁の補助事業の公募があったので、そのお湯を使用して馬糞を安定的に発酵させて堆肥を作っていけば、馬たちも生きていけますよという内容の提案書を作って、ダメ元で提案書を経産局に提出したんです。震災復興という気運もあったのだと思いますけど、素案としては非常に面白いということで、もう少し精査されてはという話になりました。2014年には役所と仕事をしていたコンサルタント会社が案件の1つとして考えて下さり、そこがとりまとめて補助事業としてハード整備をしていこうという動きになりました」
その動きの中で船橋さんの事業に興味を示したのは、八幡平南温泉の「旭日之湯」だった。
「『旭日之湯』さんは松川地熱発電所から熱水が回っているところではなく自前の温泉で、源泉かけ流しのお宿なんですね。46度くらいのお湯がかけ流しされていて、熱いので温度を下げたいという話で、それなら熱交換をして少し熱を取って、それを戻せば少しぬるくなるのではないか。そして熱交換した分の堆肥を温めたりハウス栽培に使えばいいのではないかということになり、共同提案の事業という形で動き出しました」
▲ジオファーム八幡平の温泉を利用したハウスのしくみ(写真提供:Creem Pan)
さらには2013年、提案した事業が「地熱理解促進関連事業支援補助金」に採択され、現在のマッシュルームハウスと堆肥舎が出来上がった。そして2014年9月に「企業組合 八幡平地熱活用プロジェクト」を立ち上げ、温泉地熱を利用した馬糞堆肥作り、それを利用したマッシュルームづくりが本格化していくのだった。
(つづく)
http://geo-farm.com/
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佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。
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