進行する“価格破壊”

2005年09月06日(火) 18:45

 サマーセールが終了し、残すは10月に開催されるオータムセールのみとなった。生産者の誰もが「今年はおそらく空前の売れ残り1歳馬が出るだろう」と予測している。

 概算で6000頭程度のサラブレッドがいれば、事足りるのだ。中央競馬以外で曲がりなりにも「ある程度の代金」を支払って1歳(もしくは2歳)馬を購入し、所有馬をデビューさせている馬主が果たしてどれだけいるだろう。これから生産地では売れ残りの1歳馬を抱えて、「販売」ではなく、むしろ語感としては「処分」に近いような感覚で、生産馬の行き先を模索することになる。ここ数年続いている「馬余り現象」が今年はさらに加速することになるだろう。冗談のような話だが、売却して代金をもらうのではなく、「持参金」をつけて引き取ってもらう、というようなサラブレッドが出てくるかも知れない。「(値段が)ただなら持って行ってやる」などと言われた例は今までにもかなりあったので、もはや珍しい話でも何でもない。今度は、生産馬を何とか競走馬にしたいと願う生産者が、いくばくかの支度金を持たせて生産馬を送り出すような事態も起きてくるだろう。

 そんな状況では、当然、何もかもが右肩下がりのデフレスパイラルに転じてくる。生産地の「価格破壊」は、1歳馬の販売価格にとどまらず、例えば、馬主から預かる繁殖牝馬の預託料などにも確実に及んでいる。

 極端な例だとは思うが、先日知人から聞いたある生産牧場のケースでは、繁殖牝馬1頭の1ヶ月間の預託料が6万円というのも今はあるらしい。年間72万円。しかも、普通に春には出産と種付けを行う。生まれた当歳の分の預託料はこの6万円の中に含まれるのだそうだ。

 6万円といえば、ちょうど功労馬などを養老牧場で預かる際の預託料である。よくこんな金額で、しかも現役の繁殖牝馬を預かるものだとは思うが、当の本人にしてみれば「牛を飼育するよりはずっと割がいい」ということらしい。

 年齢の高い生産者が、後継者も不在のまま、それでも牧場を続けたいと考えたら、こうした預託馬を相場よりもずっと安くダンピングして導入するしかないのかも知れない。この6万円のケースでは、離乳後に当歳馬を馬主が経営する牧場で引き取るというのが条件という。年齢的な事情で、離乳から1歳秋までの馬が元気の良い期間は扱いたくない、という生産牧場側の意向に沿った預託契約になっている、とも言える。

 この生産牧場に繁殖牝馬を預けている(しかも複数)のは、かなり名前の知られた馬主だが、やり手で通る人だけに、機を見るのに敏とでも言うべきか。一般的な生産者として考えてみれば、これではとてもペイしないという結論に到達するが、実際に馬を預かっている当人は、おそらく「これでもやむを得ぬ。背に腹は代えられぬ」というところだろう。比較の対象が、「過去の好景気時代」の相場ならばむろん「安い」ということになるが、例えば和牛の生産などとの比較では「これでもまだまし」ということなのかも知れない。何より、今や繁殖牝馬を預けてくれる馬主を探すのは至難の技で、この年配生産者は「預けてもらえるだけでありがたい」と、考えているのだろうと思う。

 こうして、相場は市場原理によって形成されて行く。これから先、1歳馬を売ろうとすれば、必ず購買者の提示する価格と生産者自身の希望する金額の間に大きな落差が生じるケースばかりになる。需給バランスが崩れている現状を是正、改善できる組織も機関も見当たらず、どこまで行っても価格は市場原理により決定される、のである。

 「安く売るくらいなら、自分で使う」とばかりに、オーナーブリーダーを実践する生産者も一部には確かに存在する。もしかしたら、それが競馬の社会における「理想形」なのかも知れない。しかし、それには途方もない資金と運がなければ続かない。余談だが、現に日高西部で着々と進行しつつある牧場の身売りは、そうしたオーナーブリーダー事業に失敗した結果である場合が多いと思われる。

 日高の中小牧場にとっては、まことに厳しい時代になってきた。とはいいながらも、すでに来春の出産のために、多くの繁殖牝馬には胎児が宿っており、需要減は確実であるにもかかわらず、実はそれほど目立ってサラブレッドの生産頭数はすぐに減少しないだろう、との見方もある。ギリギリの我慢比べの果てに、いったい何が待っているのだろうか。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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