2005年09月13日(火) 19:56
先週に引き続き、生産地における「価格破壊」について書く。
先週は低迷する1歳馬の販売価格が繁殖牝馬の預託料などにも及んでいる実態について触れた。「6万円の預託料というのはいったいどこの牧場の話か?」「預けている馬主は誰か?」と何人もの人から質問を受けたが、こうした預託料の値下げに応じる生産者は割に多く、「たくさん預けてくれるのであればできるだけご希望に応じます」と答える人が少なくない。もちろん、月額6万円というのは他に例を知らないが、7万円や8万円程度でサラブレッドの繁殖牝馬を預かっている牧場はざらにあるだろう。本馬だけで1年間84万円から96万円。それに当歳が生まれると、離乳までで月額3〜4万円ほどが加算され、離乳後には8〜10万円程度の預託料に増額されて行く。
以上の基本料金で計算すると、毎年順調に出産を繰り返す繁殖牝馬で、尚且つ生産馬を1歳秋までの約1年半程度飼育・管理すると仮定した場合、概算で1頭の繁殖牝馬から年間約200〜250万円程度の売上げになる。家族経営の小規模生産者の場合、こうした預託繁殖牝馬が5頭もいれば、あくまでも順調に毎年出産してのことだが、1000〜1250万円程度の収入になるわけで、切り詰めればそれだけで何とか牧場を維持できなくはない。
ただ、今は、そうした繁殖牝馬を預けてくれる馬主が激減してしまったために、生産者が生産を持続しようと思えば不可避的に自己繁殖牝馬を繋養せざるを得なくなっているわけである。なぜ、それでは、繁殖牝馬を預託してくれる馬主が減ったのか?答えはただ一つ、「メリットがなくなったから」だ。さらに言えば、「サラブレッドは市場などで購入した方がずっと安価に入手できる」ようになったためである。
繁殖牝馬を所有する側から考えてみると、前述の「生産馬1頭当たり 200〜250万円」というコストは、あくまでも「管理費」でしかない。実際はこうした経費に種付け料が加算される。しかも、生産馬の性別に関係なく一律である。20万円や30万円程度の種付け料の種牡馬もたくさんいるとはいえ、より強い馬、速い馬を生産しようと思えば、その分だけ種付け料も高額になってくるのが普通だ。それなりの種牡馬の産駒でなければ、馴染みの調教師に快く預かってもらないという事態にも陥る。成績の劣る厩舎はいつでも空いているだろうが、多くは望めない。(それでいて預託料だけは当たり前に請求される。このことについてはいずれ改めて書きたい)
さて、先月行われたサマーセールにて落札された1歳馬に関する詳細なデータが「JBBA・NEWS」9月号(日本軽種馬協会発行)に掲載されている。それによれば、落札金額が種付け料に満たない馬9頭、種付け料の1〜2.0倍未満が53頭に及んだという。国外供用種牡馬と種付け料が不明の種牡馬を除いた258頭(全落札馬309頭)が調査対象である。落札されたとはいえ、手離しで喜べない価格の1歳馬がざっと数えてもこれだけいると考えられる。まして、種付け料にも満たない落札馬9頭に至っては、改めてコメントする必要がなかろう。
同誌には「種牡馬別売却成績」も掲載されており、このところの世情を反映して、平均価格の上位10傑のうち9頭までが社台スタリオン繋養の種牡馬で占められている。もちろん上場馬の売却率も平均値を大きく上回る。その一方で、平均値を下回る売却率の種牡馬は、それこそ枚挙にいとまのないほど多い。具体例は省略するが、こうしたデータが翌年の配合種牡馬を選定する際の参考資料として使われることになる。一つだけ言えることは「社台絶対優位」の構図が当分変わらないだろう、ということだ。
私事ながら、サマーセールに上場し売れ残った生産馬(牡、ナリタトップロード産駒)に、セール終了後何件か問い合わせがあった。こうした「落ち葉拾い」のようなバイヤーによって、市場で売れ残った1歳馬 のうち一定数が捌かれる。当然のことながら、その多くは生産コストを割り込んでの赤字販売とならざるを得ない。それでも多くの生産者は「売れただけましかも知れぬ」と自分自身に言い聞かせて、大幅な値引きに応じるのである。
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田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。