2019年05月16日(木) 12:00 51
ヴィクトリアマイルをノームコアが制し、1分30秒5という日本レコードが掲示された。
「なんだよこの時計は」「速いなー」
取材陣からそうした声が聞こえてきたが、アーモンドアイが昨年のジャパンカップで2分20秒6のスーパーレコードを叩き出したときのような驚きや、「とてつもないものを見てしまった感」は、それほど大きくなかった。
理由はいくつか考えられる。
ひとつは、この週から芝コースの内埒を3メートル外に移動するBコースになっており、しかも好天がつづいていたので、馬場状態がよかったこと。
もうひとつは、途中からハナに立ったアエロリットが、前半800m44秒8、1000m通過56秒1というハイペースで飛ばしており、いかにもレコードが出そうな雰囲気が漂っていたことだ。
リプレイを見て驚いたのだが、これほどのハイペースでありながら、勝ったノームコアをはじめ、ソウルスターリング、プリモシーン、サウンドキアラ、ミエノサクシード、レッツゴードンキなど、道中、騎手が手綱を引っ張り加減になるほどの手応えで進んでいた馬が複数いた。
逃げたアエロリットが、上がり3ハロンを34秒8でまとめて5着に残ったほか、先行勢が総崩れになったわけではない。レース後、何人もの騎手が、ペースが速かったとコメントしていたが、それでも、いわゆる「乱ペース」というほどではなく、ほとんどの馬が無理なく追走できる流れだった、ということがわかる。
芝そのものと、ベースとなる路盤を含めたトータルで、今の馬場は、流れ次第でこのくらいの時計が出る状態になっている、ということか。
走りやすい馬場を追求した結果、こういう状態になったのだろうが、私が競馬を見はじめた1980年代後半より、同じ芝のマイルで3秒ほど、つまり、15馬身ほども前でフィニッシュするようになったと思うと、根拠のない感じ方なのかもしれないが、ちょっと怖いように感じてしまう。あのころだって、馬たちは、十分以上に速かった。
オグリキャップが1990年の安田記念で武豊騎手を背に1分32秒4のレコードで勝ったときでさえたまげたのに、それより2秒ほども速くなっている。オグリが今の東京芝コースを走れば、ノームコアと同じくらいか、もっと速く、下手すれば1分30秒を切ってしまうのかもしれない。1分30秒台で走り切るという絶対的な速さが、サラブレッドの体にどれだけ負担をかけるのかもわからないので、難しい。その答えは、これから少しずつ明らかになるのだろう。
と、ここまで書いたところで、ノームコアが骨折したというニュースが舞い込んできた。レコードで走ったこととの因果関係はわからない。
先日のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手ではないが、人間が100メートルで10秒を切るような、限界付近の速さで走ったからといって体に悪いとは言えないだろう。逆に、ムダな動きがなく、どこにもアンバランスな負担をかけず、なめらかに体が動いたからあのタイムが出たのかもしれない。
このままだと、日本の競馬は、芝のマイルで1分30秒を切る時代に突入してしまうのではないか。しかし、それはやはり、ちょっと速すぎるような気がする。
これを、ノームコアの骨折と切り離して考えても、「速すぎる」と感じたり、「いけないこと」のように思ってしまうのは、どうしてだろう。
昔の名馬の走破タイムが、時代とともに相対的に遅くなっていくことには慣れている。だから、歴史的名馬の記録がかすむから嫌だ、というわけではない。
もしかしたら、「若い女の子が夜10時過ぎに外をウロウロしてはいけない」といったことのように、論拠を見つけることもできなくないが、今の時代にこだわりつづける意味を見出すのも難しい、といったことなのか。
今以上に走りやすく、なおかつ、もうちょっと時計がかかる芝が理想のように感じてしまうのだが、それは間違いなのか。
いつもながら、とりとめのない話になってしまったが、ともかく、この春の時計に注目したい。
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。
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