【横山典弘×藤岡佑介】第2回『野平祐二さんのようなジョッキーになりたかった』

2019年09月11日(水) 18:02

with 佑

▲名手が憧れる“野平祐二”、その魅力と伝説とは (C)netkeiba.com

横山典弘騎手との注目の対談。今回のテーマは「ジョッキー人生に転機をもたらした馬や人」。今やノリさん自身が後輩ジョッキーたちの憧れの存在でありますが、そんなノリさんに多大な影響を与えたひとりのジョッキーがいました。名手の核たる部分の礎となった、“野平祐二”の魅力と伝説に迫ります。

(取材・文=不破由妃子)

「ノリ、ただ勝つだけじゃダメなんだぞ」

佑介 馬乗りのスタイルに関しては、若い頃から信念を貫いてきたとおっしゃってましたが、馬そのものに対するポリシーとか考え方という意味で、大きな影響を受けた馬はいますか?

横山 ハッキリ言って全部だね。メディアで取り上げられるのは大きいレースを勝った馬の話ばかりだけど、デビューした頃に乗っていた馬とか、もっと言えば、競馬学校時代に乗っていた馬たちも俺にいろんなことを訴えてきたし、それを感じ取りながらここまできた。

 すべての馬たちから少しずついろんなことを感じて、それが積もり積もって今があるからね。

佑介 たとえば、ジョッキー人生に転機をもたらした馬とか。

横山 転機をもたらしたということでいえば、(メジロ)ライアンになるんだろうけど…。でも、どうなんだろうね。馬名を出しても誰も憶えていないような未勝利馬でも、すっごくいい馬はいたし、そういう馬たちからもたくさんのことを教えてもらってきた。

 なんていうのかな、「心を擦り合わせることができれば、いい走りができる」…、それを教えてくれた馬はたくさんいたからね。ただ、結局はね、どんなにいい走りができても、能力がなければ勝てない。だから、メディアに取り上げられることもない。

佑介 絶対能力ばかりはどうしようもありませんからね。

横山 うん。どうやってもディープインパクトに敵わないのはそういうこと。人間にたとえると、俺が死ぬ気で勉強したら東大に入れるかといえば、絶対に無理だからね。それと一緒でさ。

佑介 たしかにノリさんの会心は、グレードとかあんまり関係ないですもんね。僕のなかで、“本当に思った通りに乗れたときに出るノリさんのガッツポーズ”っていうのがあるんですけど、それを見ることができるのも重賞やGIじゃなかったりするし。

 僕にとって理想のガッツポーズは、やっぱりノリさんのガッツポーズなんです。さぞかし気持ちよかったんだろうなぁっていうのが伝わってくるガッツポーズ。

横山 うん。そういうときは、自然と(ガッツポーズが)出るからね。

佑介 逆に言うと、負けても自分で納得がいくレースだったらそれでいいっていうのがノリさんですよね。この前、武史も言ってたんですよ。

 子供の頃、勝った日は「おめでとう!」って迎えるんだけど、「今日の勝ち方はダメだ」って言われるし、負けたから「残念だったね」って言うと、「いや、今日のレースはいいレースだった」って言うし、みたいな(笑)。

横山 アハハハ!

佑介 今になればわかるけど、子供の頃はどうしたらいいのかわからなかったって話してましたよ。

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▲佑介騎手「今になればわかるけど、子供の頃は戸惑ったって」 (C)netkeiba.com

横山 そうだろうなぁ(笑)。

佑介 でも、すごくノリさんらしいエピソードだなと思ったんです。だから、“影響を受けた馬”というテーマも同じで、その判断基準が「GIを勝ったから」とかではないんですよね。それもまたノリさんらしいというか。

横山 ただ勝てばいいっていうものじゃないからね。影響を受けた人といえば、野平祐二さんかな。「ノリ、ただ勝つだけじゃダメなんだぞ。ジョッキーっていうのは魅せてなんぼなんだから、バタバタと勝つんじゃなくてキレイに勝て」って言われてね。

佑介 それがノリさんのなかに一本通っている“芯”なんですね。

横山 そうだね。デビューしたばかりの頃にそう言われて。野平祐二さんの伝説も聞いていたし、実際に華のあるジョッキーだったからね。

 野平さんについて、すごく衝撃を受けたエピソードがあってさ。パドックで口笛を吹いて、「今日はステッキいらない。ノーステッキでいく」って言って、厩務員さんか助手さんにポンとステッキを投げたっていうね。

佑介 それはすごい。パドックで跨って、何かを感じ取ったっていうことなんでしょうね。

横山 だと思う。野平さんは、そういうことをする人だった。ひとつのパフォーマンスだったのかもしれないけど、同じことをやれって言われてもできないしね。ステッキを持った上で使わないことはできるけど、最初から持たないという選択は絶対にできない。

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▲名手が憧れる野平祐二騎手 (提供:PRC)

佑介 そうですね。でも、こうやって語り継がれるようなことをやってみたいな…という気持ちはありますけど。

横山 それは俺も思う。野平さんは、本当に華のあるジョッキーでね。さっき話したように、デビューする時点で憧れていたジョッキーはいなかったけど、デビューしてから“野平祐二”というジョッキーを知って、ああ、こんなジョッキーになりたいなぁとは思っていたかな。

佑介 実際、野平祐二さんに憧れたノリさん自身も華のあるジョッキーになっているわけで。僕らの世代には、そんなノリさんに憧れて、多分に影響を受けているジョッキーがたくさんいますからね。

 でも、さっき「俺が死ぬ気で勉強しても東大には入れない」って言っていたのと同じで、僕らがいくらノリさんに憧れを抱いて近づこうと頑張っても、ノリさんにはなれない。だから、いい意味で刺激を受けつつも、影響を受けたことが悪循環になることもある(笑)。

横山 え? どういうこと?

佑介 ノリさんに憧れを抱きすぎたせいで、なんか違う方向にいっちゃった…みたいな(笑)。

横山 ああ、そういうことか(苦笑)。憧れてもらえるのは素直にうれしいことだけど、みんなそれぞれに自分だけのカラーを持っているはずなんだよ。俺には俺の才能があって、佑介にはまた違う才能があってさ。

 大事なのは、自分の才能やカラーに早く気づくことじゃないかな。漠然とでもいいから、信念を持ってそれを磨き続けたら、結果的にとんでもない輝きを放つ可能性もある。馬たちもそうだからね。人間もそこは一緒だよ。

(文中敬称略、次回へつづく)

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JRAジョッキーの藤岡佑介がホスト役となり、騎手仲間や調教師、厩舎スタッフなど、ホースマンの本音に斬り込む対談企画。関係者からの人望も厚い藤岡佑介が、毎月ゲストの素顔や新たな一面をグイグイ引き出し、“ここでしか読めない”深い競馬トークを繰り広げます。

藤岡佑介

1986年3月17日、滋賀県生まれ。父・健一はJRAの調教師、弟・康太もJRAジョッキーという競馬一家。2004年にデビュー。同期は川田将雅、吉田隼人、津村明秀ら。同年に35勝を挙げJRA賞最多勝利新人騎手を獲得。2005年、アズマサンダースで京都牝馬Sを勝利し重賞初制覇。2013年の長期フランス遠征で、海外初勝利をマーク。2018年には、ケイアイノーテックでNHKマイルCに勝利。GI初制覇を飾った。

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