2020年06月09日(火) 18:00 25
6月10日、関東オークスでアクアリーブルが南関東牝馬三冠をかけて戦います。その母アスカリーブルは2012年、関東オークスを制覇しましたが、デビューから2歳秋までは兵庫(園田・姫路)に所属していました。
無敗の4連勝での重賞制覇は当時、デビュー4年目だった主戦騎手にとっても初の重賞タイトル。その表彰式で彼は公開プロポーズを敢行し、「アスカリーブルが幸せな家族を築けるようにしてくれた」と言います。
さらに、「この血統は人と人とを繋いで、成功させるように導いてくれる気がします」というアスカリーブルについて、兵庫時代の主戦・大柿一真騎手が語る「ちょっと馬ニアックな世界」です。
アスカリーブルは開業したての田村彰啓厩舎(兵庫)所属として競走馬のスタートを切りました。兵庫での全4戦に騎乗した大柿一真騎手はデビュー前に入厩した時のことをこう振り返ります。
▲アスカリーブルについて、兵庫時代の主戦・大柿一真騎手が語る
「あの頃、園田に入ってくる2歳新馬は、僕たちで馬場を周ることを教えたりして育てることがほとんどでした。そんな中で、初日から『この馬、めっちゃ乗りやすいやん♪』って思ったのがアスカリーブルでした」
大人しい性格で、さらにその背中は「丸みがあって安定感があった」と言います。
しかし、デビュー前は抜けた存在とまではいきませんでした。
「デビュー前の能力検査は西脇(兵庫に2つある厩舎地区のうちの1つ)では速い方でしたけど、『この馬、絶対走るわ!』って周りに騒がれるほどのタイムではなかったんです」
しかし、2011年6月14日のデビュー戦では2番手から抜け出して1馬身1/4差で見事、初勝利を飾りました。
2戦目の前に再び能力検査に出走。しかし、ここである不安を抱きます。
「砂を被ることを覚えさせようと思ったのですが、砂を嫌がるどころか全然反応しなくて……。『あれ?』っていう感じでした」
デビュー勝ちはフロックだったのか、あるいは走らない理由が何かあるのかなど疑問を抱きながら、レース当日は兵庫県西脇市にある厩舎から約1時間かけて尼崎市の園田競馬場へ輸送。すると、雰囲気がガラッと変わりました。
「返し馬で、『普段のアスカリーブルと違うな』と。園田に行った方がやる気が出ていました。馬自身がちゃんと切り替えができていたのかもしれないですね。賢い馬です」
能力検査の走りが嘘のように2戦目は4馬身差で逃げ切り勝ち。
それ以降も「追い切りではそんなに動く馬ではなくて、いつも心配しながらレースを迎えました。でも、返し馬に行くとやっぱり普段と走りが違って、『これが本番タイプの馬なんだな』と感じました」。
3戦目も2番手から抜け出して3馬身差で勝利。無敗の3連勝で重賞・園田プリンセスカップに駒を進め、単勝は1.3倍の圧倒的1番人気に支持されました。
しかし、大柿騎手の胸にはある心配事がありました。
「それまでの3戦が砂を被っていなくて、重賞では笠松の馬や地元馬で初対戦の馬に逃げ・先行馬がいました。内枠に入ったので、その辺の兼ね合いがすごく不安でした」
スタートを切ると砂を被ることなく3番手外につけることができました。3コーナーで早々に先頭に立ち、直線では地元のメイレディが一歩ずつ差を詰めてきましたが、何とかクビ差しのいで1着でゴール。
▲無敗の3連勝で重賞・園田プリンセスカップを制したアスカリーブル(提供:兵庫県競馬組合)
見事、期待に応えての勝利。デビュー4年目で重賞1番人気は大きなプレッシャーもあったことでしょう。
「1番人気の馬で重賞に乗れるなんてビックリですよね。レースでのプレッシャーもありましたけど、僕はその後にプロポーズが控えていたので(笑)」
▲アスカリーブルはクビ差しのいで1着でゴール(提供:兵庫県競馬組合)
この時、付き合って3年になる彼女がいた大柿騎手。先輩である北野真弘騎手(現調教師)から「重賞を勝ったら、そろそろプロポーズしたら?」というアドバイスもあり、アスカリーブルで園田プリンセスCを勝ったら、プロポーズをすることを決心。彼女には前もって「仕事を休んで応援に来てほしい」と伝えていたのでした。
※プロポーズ秘話についてはコチラでも。(https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=40997)公開プロポーズ後、結婚式を挙げた二人。そこで大柿騎手はあるドラマティックな事実を知ります。
「披露宴で、お互いの生い立ちを紹介するVTRを作ってもらうじゃないですか。終盤に園田プリンセスCとプロポーズの様子が流れた後、アスカリーブルの血統書が映ったんです。そして、お母さんのステキナデアイという文字がアップに、というエンディング。あまり血統は見ないタイプなので、そこで初めて『うわ!お母さん、そんな名前やったんや』って驚きました」
▲デビュー4年目で重賞1番人気は大きなプレッシャーもあった(昨年12月、姫路競馬場試走会でのショット)
一方、アスカリーブルは園田プリンセスCを制覇後、すぐに南関東移籍が決まり、「レース後は調教でも一度も乗らなかったと思います」と言います。
「僕たちは乗ることしかできなくて、馬の行き来を回避することはできません。だから、僕の中では『南関東やったら仕方がない』という気持ちでした」
3歳になり、関東オークスを制覇した夜、大柿騎手は兵庫から声援を送っていました。
「勝った時は『おめでとう~!』って思いました。南関一の川島正行厩舎で、調教メニューもカイバも何もかもが違ったと思います。南関東で鍛えられたから勝てたのでしょう。悔しさや嫉妬はあまりなかったです」
アスカリーブルの振り返る時、大柿騎手の名前もたびたび出るようになりましたが、「恥ずかしいから掘り返さないで」と笑います。
「僕が完成させた馬じゃないから、余計なんですよね。川島厩舎やったからこそ!と思っています」
時が経ち、娘のアクアリーブルが門別からデビュー。南関東に移籍し、さらに活躍する姿は気になって見ているようです。
▲アスカリーブルの娘のアクアリーブルの活躍にも注目している大柿一真騎手
「アスカリーブルも今のアクアリーブルも、直線でちょっと遊ぶところが似ているなぁと思います。抜け出すと、ちょっと頭が高い走りになるんです。園田プリンセスCもクビ差ではありましたが、後ろから来たら来た分だけ伸びたやろうなって思います」
いよいよアクアリーブルが関東オークスに挑む日が近づいてきました。
「この血統は人と人をつなげて、成功させるように導いてくれるんちゃうかなって感じています。僕が幸せな家庭を築けるようにしてくれましたし、アスカリーブル自身は南関東に行って活躍して、彼女自身の存在もすごいってことを示して繁殖入り。1頭しかいない子どもがここまで活躍しているってすごいですよね。急逝された佐藤賢二調教師のところから米谷康秀厩舎に移籍でしょ!?いろんな人をつなげている血統だな、と思います」
そして、最後にこう締めくくりました。
「JRA馬もいるし、そんなに甘くはないと思いますが、ここで勝ったらドラマティックですね。当日は、もちろん調整ルームで画面越しに応援します」
大恵陽子
競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。