高知初の1億円ホースのすごさと、記録を広報した人たち

2021年10月19日(火) 18:00

今月9日、高知競馬初の1億円ホースの誕生が話題になりました。高知史上初の快挙を遂げたのはスペルマロン。JRAでデビューして3勝を挙げ、高知移籍後は重賞11勝を挙げるほか、高知の重賞全距離制覇など活躍を見せます。そのすごさとは一体何なのでしょうか。高知の大将・スペルマロンと、彼の存在をアピールした人たちにまつわる「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。

スピード、折り合い、並ばれてからの強さ――スペルマロンの長所

 スペルマロンがデビューしたのは2016年、JRA新潟競馬場。翌年3月、9戦目で初勝利を挙げるなど、JRA時代はダート1800mで3勝を挙げました。

 高知に移籍してきたのは2019年10月。移籍初戦を勝利し、その年の大晦日に行われるグランプリ・高知県知事賞に出走すると、ウォーターマーズと直線をいっぱいに使った一騎打ちを制し、クビ差で優勝しました。

 高知競馬にとって有馬記念のような存在のレースをいきなり勝ち、「なんだか強い馬が現れたぞ」という雰囲気になりました。

 さらに強さを見せたのは年明け。2400mの高知県知事賞から打って変わり、1000mも距離短縮となった大高坂賞では1コーナーで力む面が感じられるほどのスピードを見せて2着に入ると、さらに距離短縮となった2月の黒潮スプリンターズカップ(1300m)を勝ったのです。

「一瞬のスピードがあるので短距離もこなしますし、長い距離になればペースに合わせて折り合うこともできます」と話すのは、管理する別府真司調教師。

 スピードと折り合い、両方を兼ね備えるからこそ短距離も長距離もこなすオールラウンドプレーヤーとなれたのでした。その後、何戦か全力を出し切れないレースが続きましたが、秋を迎えると再び快進撃が始まり、出走した重賞レースをどんどん制覇。

 移籍から約1年経った頃、「高知の重賞全距離制覇」へリーチをかけます。その距離バリエーションは1300m、1400m、1600m、1900m、2400mの5種類。

 前者2つはたった100mの違いながら、スタートから最初のコーナーまでの距離もその分だけ変わるため、1300mの方がスタート直後から高いスピードが求められます。

 1600mは3コーナー奥からのスタートのため、内枠だとスタート後すぐに揉まれる可能性が、外枠だと距離ロスが生じる可能性があるコース。

 1900mは向正面から1周半、2400mは1300mと同じスタート地点(スタンド前)でプラス1周することになります。

 それぞれ特徴も求められるモノも違いますが、そこはスペルマロン。前述の通りスピードと折り合いを併せ持ち、しっかり対応していきます。

 最後に残ったのは1400mの重賞。古馬にとっては黒船賞JpnIIIを含め年間4レースしかないことに加え、そのうち3レースが年明けの3カ月間に集中しているため、ローテーション面からも数少ないチャンスでした。

 しかし、それも今年8月に建依別賞を制覇し、待望の「高知重賞全距離制覇」を達成。さらに、続く珊瑚冠賞も勝つと、「高知初の獲得賞金1億円(高知のみの賞金)」に王手をかけました。

 この珊瑚冠賞はスペルマロンの強さの秘訣が垣間見られたレース。4コーナーで先頭に立つと、いつものように頭を上げて少しふわっと遊ぶ面を見せたのですが、外から2着クラウンシャインが来れば来るほど粘って伸びたのです。

馬ニアックな世界

▲直線で2着馬に並ばれると再び伸びて珊瑚冠賞を勝利。1億円ホースに王手をかけた

「この馬は、並んでからが強いんです」と別府調教師も胸を張りますし、たしかに今年の大高坂賞で2着に敗れた時は、離れた外からアイアンブルーに一気に差し切られてのもの。小回りの、深いダートコースで馬体を併せることができれば根性を発揮し、敗れることはほぼほぼないのでしょう。

馬ニアックな世界

▲珊瑚冠賞の口取り撮影。主戦の倉兼育康騎手は直前のレースで地方通算2000勝も決めた

ハルウララとスペルマロンの共通点

 それにしても、「高知重賞全距離制覇」や「高知初の獲得賞金1億円」という記録、よく気づいたなぁという気がしませんか?

 この記録について積極的に話していたのは実況の橋口浩二アナウンサーをはじめ、地元専門紙のトラックマンや競馬場の広報さんたち。ハルウララの連敗記録が全国的に話題になったのも、橋口アナウンサーがその記録に気づき、積極的に広報していったからでした。

馬ニアックな世界

▲実況や表彰式の司会、さらにはファンファーレの作曲も手掛ける橋口浩二アナウンサー

 ところが、スペルマロンが待望の重賞全距離制覇を果たした日、橋口アナウンサーは病院のベッドにいました。直前に息苦しさを訴えて受診したところ、うっ血性心不全で緊急入院することになったのです。これまでずっとお一人で高知競馬の全レースを実況してこられました。

 毎日1レースが始まる前には「モー展。ジョッキーズトーク」といって、橋口アナウンサーの進行でジョッキーがその日の騎乗馬について喋るコーナーがあり、そのおかげで高知のジョッキーたちは新人・ベテラン関係なくコメントをするのが上手いとも言われています。

 高知競馬をこよなく愛する橋口アナウンサーにとって、スペルマロンが重賞全距離制覇をする瞬間はさぞ実況したかったことと思いますが、当日はその意思を継いだ西田茂弘アナウンサー(元福山競馬実況)が代役を務めました。

 橋口アナウンサーは驚異的な回復力と高知競馬への愛を支えに9月11日に復帰されると、今月9日の準重賞・アドミラブル賞を実況。圧倒的1番人気に推されたスペルマロンが完勝し、高知初の1億円ホース誕生の瞬間を実況することができました。

 騎乗した倉兼騎手は1億円ホースについてこう話します。「高知で初の1億円を稼ぐ馬が誕生したのは、全国で高知競馬場を応援してくれているファンのみなさんが馬券を買っていただき、売上が上がり、賞金が上がったおかげだと思います。高知競馬を応援してくださり、本当にありがとうございます」

 昨年、高知で最も賞金が高かったのは、ダートグレード競走の黒船賞を除くと高知県知事賞で1着1200万円。2006年〜12年は135万円だったのが、売上のV字回復に伴っての大幅増額ですから、倉兼騎手の言葉通り、ファンがたくさん馬券を買ってくれたことで1億円ホースが誕生したのです。

 さて、スペルマロンの次走は11月7日黒潮マイルチャンピオンシップ(1600m)を予定されています。

「スペルマロンのレース前夜は眠れないんです」と倉兼騎手はプレッシャーを口にしますが、スペルマロンの個性を掌握する倉兼騎手とのコンビだからこそ、強さを見せていることと思います。

 これからも続くスペルマロンの活躍を楽しみにしたいと思います。

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大恵陽子

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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