鹿戸マジックと一年の計

2022年01月06日(木) 12:00 45

 去年の締めとなった本稿で、私の印象による2021年の競馬十大ニュースを紹介した。その後、中山大障害、有馬記念、ホープフルステークス、東京大賞典といったビッグレースがあった。さらに、競馬雑誌をパラパラめくっているうちに、番外編として加えてもよかったニュースがほかにも結構あったことに気がついた。

 順不同で、オジュウチョウサンの復活、ヨカヨカによる熊本産馬初のJRA重賞制覇、木村和士騎手による日本人騎手初のカナダリーディング獲得、厩舎関係者による持続化給付金不適切受給問題、熊沢重文騎手による障害最多勝記録更新、宮下瞳騎手による女性騎手初の地方競馬通算1000勝、蛯名正義騎手の引退、地震による福島競馬の無観客開催、JRA職員の戸本一真選手による東京五輪馬術競技入賞、大井競馬場で初の左回り競走実施、岡田繁幸氏、すぎやまこういち氏の死去、クロフネ、シーザリオ、ジャングルポケット、ネオユニヴァース、ドゥラメンテ、アグネスデジタルといった名馬の死、などである。

 去年だけが特別だったわけではないだろうから、今年もまた、終わってみれば「番外編だけでもこんなにあるのか」という一年になるのだろう。

 もう少し去年の話をつづけたい。

 ここでも告知したように、有馬記念の前夜7時からラジオNIKKEI第1放送の特番「有馬記念前夜祭2021」にゲスト出演した。月刊誌「優駿」が提供する1時間の生放送だったのだが、鹿戸雄一調教師に電話をつないで、10分ほど、翌日の有馬記念に出走するエフフォーリアについて話を聞いた。

 20時間後のグランプリに本命馬を送り込むという大切な時間だったのみならず、その日、中山の新馬戦で、同師が管理するエフフォーリアの半弟ヴァンガーズハートに騎乗した横山武史騎手がゴール前で数完歩追う動作を緩めた直後、内から強襲してきた馬に鼻差かわされて2着に敗れ、同騎手に騎乗停止処分が下されていた。さらに、阪神カップに出走した管理馬のベストアクターがレース中に右第1指関節脱臼を発症して予後不良になるという、つらい出来事があったばかりだった。

 にもかかわらず、予定を変えることなく出演してくれた。

 私は騎手時代から親しくさせてもらっており、1999年の暮れから2000年の年明けにかけてと、00年の暮れから01年の年明けにかけてのアメリカ西海岸への遠征に同行したことがあった。初めてサンタアニタパーク競馬場に立った鹿戸師(当時は騎手)は、一緒にいた武豊騎手、千田輝彦調教師(同前)らとコース脇に立ち、鞭の先でハロン棒を指しながら話していた。

「なるほど。赤白のあそこが5ハロンで、緑白のあれが半マイルか」

「調教専用コースは、ダートコースとは別に、芝コースの内側にあるんですよ」

「ああ、地下馬道から行くところだね」

 さらに、走り終えて、常歩で戻ってくるときはどこを通るのかなどを確認しただけで、サッと現地の馬に跨った。確か未出走の2歳馬だったように記憶している。向こうはデビュー前でもかなり速いところをやり、ダートで5ハロンを61秒というリクエストだった。それを鹿戸師は61秒2くらいで回ってきた。そうなると、調教師がストップウオッチを押す誤差の範囲内だろう。そのアメリカ人調教師は、鹿戸師の体内時計の正確さに驚いていた。

 翌朝、その調教師がこう言った。

「日本のゲイリー・スティーヴンスはどこに行った? 今日もうちの馬の調教にぜひ乗ってほしい」

 鹿戸師のことである。馬に負担をかけない騎乗フォームが、名手スティーヴンスに似ているとのことだった。いい乗り手が跨った馬は、少し時間が経ってからグッと具合がよくなることがある。前日、鹿戸師が乗った馬もそうだったのだろう。アメリカ人調教師と厩舎スタッフの満面の笑みを見て、私まで、同じ日本人として誇らしく感じた。

 鹿戸調教師は、シンボリクリスエスやゼンノロブロイといった名馬の調教に騎乗したことでも知られている。その乗り味を味わったことは鹿戸師にとって貴重な財産となっており、しばしばそこにスポットが当てられているが、クリスエスらを管理した藤沢和雄調教師にとっても、あれほどの乗り手に仕上げを依頼できたことは大きなプラスとなっていたはずだ。

 鹿戸師は、騎手時代からそうして馬の心身のコンディションを高めていくプロセスに関わり、間接的に結果を出してきた。

「あの人は絶対にいい調教師になる」

 騎手時代から、武騎手をはじめ、いろいろなホースマンがそう言うのを聞いてきた。サンタアニタパーク競馬場で「鹿戸マジック」を見せつけられた私にとっても、鹿戸師がエフフォーリアで一年にGIを3勝したという現実は、けっして驚くべきことではない。

 と、放送では、鹿戸師の電話出演に先立ち、そうした話もさせてもらった。面と向かっては恥ずかしくて言えずにいたのだが、アメリカでのエピソードをたくさんの人に知ってもらう機会が得られて嬉しかった。

 さて、去年の正月は、父の葬儀などで慌ただしく、一年の計だとか当面の目標などを考える余裕がなかった。今年は、無為に時を過ごすことなく、「目に見える変化」をテーマに、しっかり腰を据えたものづくりをしていきたい。

 こんなご時世ですが、今年も気合を入れて踏ん張って、乗り越えていきましょう。みなさまも、くれぐれもご自愛ください。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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