日本最大部数の雑誌と尾形藤吉本

2022年04月21日(木) 12:00 39

 日本で一番発行部数の多い雑誌(定期刊行物)は何か、ご存知だろうか。

 日本自動車連盟(JAF)が会員に送付している「JAF Mate(ジャフメイト)」である。発行元のJAFメディアワークスのサイトによると、最新号(2022年春号)の総発行部数は1327万750部。JAFの会員は1200万人もいるのだから、この数字も納得である。

 私も30年以上愛読している。運転席から見える光景を写した写真のどこに危険が潜んでいるかを当てさせる「危険予知」や、松任谷正隆さんの連載エッセイ「車のある風景」などは、本当に面白い。

 その「JAF Mate」がしばらく届かず、どうしたのかと思っていたら、今年から年4回刊行の季刊になったのだという。去年まではほぼ月刊で、2、3月号と8、9月号が合併号となる年10回の刊行だった。

 JAF公式サイトに「環境負荷の低減に向けJAF Mateを季刊化します」とある。CO2排出量や、さまざまな廃棄物を減らすためだという。今年3月から「JAF Mate Online」がスタートしており、誰でもすぐ読めるようになったのはいいが、雑誌を中心とする紙媒体で仕事を覚えてきた人間としては、やはりちょっと寂しい。

「JAF Mate」最新号は、表紙と裏表紙を入れて72ページ。月刊競馬フリーマガジン「うまレター」の倍ほどの厚さである。

 こういう手に取りやすい冊子には、近くにあるだけで安堵感を与えてくれる不思議な力がある。

 なぜこんなことを書いたかというと、私が本稿や「うまレター」などの連載エッセイを書くとき、お手本のひとつとなっているのが、先述した松任谷正隆さんの「車のある風景」だからだ。単行本や文庫オリジナルとして一冊にまとめられていないか調べてみたが、なっていない。これがオンラインでも読めるようになると、いつでもバックナンバーにアクセスできるので、余計に本になる可能性が低くなるのではないか。

 いや、今「JAF Mate Online」を見たら、「車のある風景」のバックナンバーは、前号の1作しか掲載されていない。紙媒体の発行は環境に負荷をかけるから少なくしたと公言したJAFの関連会社から発行されることはないだろうから、車が好きな編集者の手腕に頼るしかないのかもしれない。

 私が言ったわけではないにしても、紙媒体が環境に優しくないかのように書いたあとだけに紹介しづらいのだが、先日、コビさんこと小桧山悟調教師から、コビさんの新著『尾形藤吉~競馬界の巨人が遺したもの~』(三才ブックス)を恵贈いただいた。

 ゴールドが基調となった、立派なハードカバーの単行本だ。「JAF Mate」や「うまレター」のような、やわらかい紙の冊子とは、手に取ったときの気持ちが違って、自然と背筋が伸びる。カバー写真は、孫の尾形充弘元調教師から提供された「大尾形」尾形藤吉が遠くを見つめる表情だ。それも、手に取ったときの緊張感につながっているのだと思う。

 まだ読んでいる最中なのだが、競馬史に残る「大尾形」についてそれなりに勉強したつもりの私にとっても初めて知る事実もあり、とても面白い。

 同封されていたゴリラの写真の絵はがきに「小桧山も調教師生活はあと22カ月のみとなりました」と、コビさんの見慣れた字で書かれているのを見たときはさすがに切なくなった。が、現役調教師が、自分以外の人について書いた貴重な本を読めるのはあと22カ月しかないのだから、楽しもう――と、とらえ直し、ページをめくっている。

 最後まで読んだら、またここに感想を記したい。

 それにしても、紙媒体は、そんなに環境に悪いのだろうか。CO2排出量などを電子媒体と比べるなら、発電に要する様々な資源上のコストも弾き出し、それを含めて比較すべきではないか。と、今、次の一冊に向けて連載を手直ししている書き手として思う。

 西山茂行オーナーもツイートしていたように、文教堂書店赤坂店が6月17日をもって閉店することになった。同書店が貼り出した告知には、昨年3月に金松堂書店、今年1月にTSUTAYA赤坂店も閉店となり、1年ちょっとの間に赤坂駅周辺の書店がすべてなくなってしまう、と記されている。金松堂は明治43年(1910年)創業で110年つづいた老舗だという。

 なお、5月8日に一時閉店する三省堂書店神保町本店は、あくまでも建て替えのための一時閉店のようだ。

 書店という業態の成立そのものが危ぶまれるようになったことと、紙媒体の苦境は、もちろん無関係ではない。

 情報や知識が三次元の現実として目の前に展開している書店だからこその本や雑誌、手にしたときに確かな重みと質感のある紙媒体ならではのコンテンツを提供しなくては、読者は金を出してくれない時代になった。

 速報性や、加筆・修正に対する柔軟性ではネットのほうが遥かに優れている。

 が、長編小説や人物ノンフィクションなどの物語は、ページを遡って登場人物の名前を確かめたり、流れを反芻したりするので、紙媒体に向いている。

 エッセイはどうだろう。連載ならネットと雑誌は互角、まとめて読んでもらう場合は、再編集できるぶん、本のほうが有利か。

 コビさんが書いた尾形藤吉本のキンドル版を購入してみた。紙の本なら税込2200円だが、税込2090円といくらか安く買える。

 しかし、私が使っているキンドルペーパーホワイトという専用の端末だと、文字を大きくするとページ全体が拡大されてしまい、非常に読みづらい。その問題も、スマホやパソコンにインストールしたキンドルアプリなら解決する。写真や文字を好きな大きさにしても綺麗に見られるし、操作も快適だ。

 すぐ読めるという点では電子版でもいいが、手に取って、「いやあ、立派な本だなあ」と幸せな気分になれるのは、圧倒的に紙の書籍のほうだ。ぜひ、本を買ってもらいたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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