2022年08月25日(木) 12:00
高校生を対象としたリモートの講演会が無事に終わった。録画したDVDを同じ県の2つの高校に渡し、来月流すという。
競馬場があり、馬事文化の根付いた土地の学校なので、聴いてくれる生徒たちは競馬に対する偏見を持っていないはずだ、という前提で臨んだ。近代競馬の発展に貢献した人物とその土地との関係について、質疑応答を含めて55分しゃべった。
対象となった高校がどの地域にあるのかは、学校でDVDを流し終わってから記したい。私が、「ぜひこの地域の馬事文化について話したい」と希望を出した県である。
さて、先週の土曜日、今村聖奈騎手がGIに騎乗可能な31勝目をマークした。デビュー169日での到達は、現行の規定ができた1996年以降では、同年の福永祐一騎手と、2008年の三浦皇成騎手の128日に次ぐ史上3番目の速さである。
福永騎手はデビュー前から注目されていたし、破竹の勢いで勝ち鞍を重ねた三浦騎手の騒がれ方も大変なものだった。「天才」と呼ばれた彼らに次ぐペースで勝ちまくり、結果を出したことによって衆目を惹きつけたのだから、素晴らしい。
また、その31勝目の決め方もふるっていた。
小倉ダート1700mで行われた2歳新馬戦でヤマニンウルス(牡、父ジャスタウェイ、栗東・斉藤崇史厩舎)に騎乗し、2着に4秒3差という、1984年のグレード制導入以降平地では最大の着差をつける圧巻のレコード勝ちをおさめたのだ。
区切りで派手なことをするのは、元プロ野球選手の落合博満さんが、節目の通算500,1000,1500,2000安打のすべてを本塁打で飾ったように、実力のある「本物のスター」の条件とも言える。
ちょうど私は、別のウェブ連載で、「衝撃の新馬戦」をテーマにした原稿を書いたところだった。それと重複することをお断りしたうえで、手元にある『中央競馬レコードブック あらかると編』(PDF版、非売品)の「最大着差勝利(平地:最近例)」のデータを紹介すると、今村騎手のヤマニンウルスに破られる前の着差トップ3は、次のような馬たちが記録したものだった。
トップが、1986年3月1日、阪神ダート1800mの新馬戦で、2着に3秒6の差をつけたツキノオージャ(牡、父ラディガ、栗東・谷八郎厩舎)。
次が、2004年3月27日、中山ダート1800mの未勝利戦で2着に3秒5の差をつけたグランドホイッスル(牝、父シアトルスズカ、美浦・高松邦男厩舎)。新馬戦ではないが、同馬にとってはこれがデビュー戦だった。
同着(?)の3番目が、1990年11月3日、京都ダート1400mの新馬戦で2着を3秒3突き放したメイショウホムラ(牡、父ブレイヴェストローマン、栗東・高橋成忠厩舎)と、2021年12月18日、中山ダート1800mの新馬戦を同じく3秒3差で勝ったタヒチアンダンス(牝、父キングカメハメハ、美浦・加藤征弘厩舎)。
こう見ていくと、みなダートでの初陣だったことがわかる。もともと大きな差がつきやすい条件で、なおかつ、今村騎手の場合は4キロ減だったこともあり、このような記録が生まれたのだろう。
ちなみに、かつてトップだったツキノオージャは通算14戦3勝。グランドホイッスルは同33戦3勝。メイショウホムラは同25戦10勝で、これには1993年のGIIIフェブラリーハンデキャップ勝ちが含まれる。タヒチアンダンスは現役で、8月13日の1勝クラスで2勝目をマークした。
そう、初陣でドカ勝ちした馬は、必ず複数回勝ち鞍を挙げているのだ。
その伝で言うと、今村騎手のヤマニンウルスは今後も楽しませてくれる――と期待していい。
あらためてヤマニンウルスの新馬戦のVTRを見たが、凄まじい。2着とは、タイム差からして60〜70mは離れていたのか。ゴール前は2着以下も映そうとしていたため、ものすごくカメラを引いた映像になっている。滅多に見られないものが見られるのは嬉しいものだ。
ファンの楽しみと喜びを増やす。これができるのもスターの条件なのか、と、今村騎手を見ていて思った。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所
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